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これまでのシンポジウムに関する記録

2003年11月01日

第4回 環境創造フォーラム講演会

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サスティナブル・キャンパス板橋の設計思想 板橋校舎再開発の設計に託したもの

中村勉・山本・堀アーキテクツ設計共同体
山本圭介・堀啓二

1.プロローグ

はじめまして 山本・堀アーキテクツの山本です。こちらは一緒に設計事務所をやっています堀です。今日は板橋キャンパスの設計思想という題でレクチャーをするようにと伺っておりますが、このような格調高いテーマでお話しするのは何か固苦しい感じがしますので、もう少し気楽に新しいキャンパスを計画するにあたって何を大切にしたかと言うことを自分の空間体験を交えながら分かりやすくお話ししたいと思います。本日は我々の他にこの計画に携わっています中村勉総合計画事務所の中村も同席してお話しすべきですが、所用があり欠席しております。我々は板橋キャンパス再開発の指名プロポーザル(設計者選考のための計画提案)に設計共同体を組んで参加し、最優秀作に選ばれてこの計画に携わることになりました。

2枚の写真
写真1 地下鉄の駅広告写真1 地下鉄の駅広告

さて今日はサスティナブル・キャンパスということがテーマですが、本題に入る前に2枚の写真から話しを始めたいと思います。1枚目は地下鉄に乗った時に見た公共広告(写真1)です。ここには「都内へのマイカー通勤をやめると…」と書いてあります。ガマンをするというのは誰にとってもいやなこと、できればそんなことをしないで生活したいと思うはずです。車は我々の移動を助け世界を広げてくれます。全く知らない世界へも連れて行ってくれるのです。そんな便利なものの使用をガマンせよと言われればNO!と言わざるを得ません。いくら炭酸ガスの排出が少なくなると言われても、そんなことは知ったことかと思うのが普通です。便利なことはよいことだという価値観がある限りこうした思いは変わりようがありません。車に乗ることよりもっと納得のいくことがあるという具合にならなければ車を使うことは誰もやめないでしょう。車はとても便利だ、しかし自宅から歩いて駅まで行き、電車で通勤するのは街の空気を直接肌で感じることができて気持ちがよい。だから電車で通ってみよう!と思うようになれば、車の利用も自然と少くなくなるでしょう。自分の体を使って移動することの爽快感をもう一度思い出す必要があるのです。

写真2 トイレとフルーツケーキ写真2 トイレとフルーツケーキ

もう一枚の写真(写真2)は私が住宅の施主のところへ打合せに行った時、早めに着いてしまったので時間をつぶしに入った喫茶店のトイレを写したものです。中にここで売っているフルーツケーキの写真が便器の目の前に飾ってありました。それがなんと汚く見えたことでしょう。ヌルヌルベタベタした感じが先に立ちケーキの美味しさはみじんも伝わってきませんでした。これが店先のショーケースにあれば全く違って見えたはずです。我々のさまざまなものに対する感じ方は、このように周囲の環境から大きな影響を受けます。我々を包み込む環境やそれを構成する建築の力がいかに大きなものであるか、これからも明らかでしょう。

自転車で見えること
写真3写真3

次に自然の力を感じること、また自分の体を使うことの心地よさについて自分の経験をもとに少しお話ししてみたいと思います。これは私が通勤や遊びに使っている自転車です。(写真3)私は神田にある東京電機大学の建築学科で教鞭を執るかたわら代官山に建築設計事務所を持っています。そして休日には東京の北のはずれにある西が丘のテニスクラブまで自転車を使ってテニスに出かけます。勿論毎日ではありません。雨の日は危なくて自転車が使えないからです。夏の本当に暑い日や冬の風の強い日なども電車や車を利用します。自転車を使ってみると東京が意外に狭いのが分かります。自宅は西麻布にありますので、事務所までは2km程度10分位で行けます。学校までは6km位でしょうか?30分はかかりません。赤羽の近くにあるテニスコートへも45分もあれば行けるのです。また自転車で走ってみると東京の街には〈坂〉が多いのが身にしみて分かります。以外と〈緑〉も多いのです。青山墓地の緑や神宮苑のイチョウ並木、表参道の車道の上まで枝を伸ばして葉をつけているケヤキ並木などが目に入ってきます。普段あまり気に止めない風の強さや湿度感・気温なども直接感じることができるのです。これに比べて車での移動は大変楽で便利ではあるけれど、外の世界からは全く断絶した空間になりがちです。

写真3写真3

(写真4)完全空調され室内からは外の街の気配を直接感じることができないのです。ここで二つの移動手段の違いを比較してみましょう。

写真5写真5

(写真5)は同じ場所で撮ったものですが、自転車から撮った写真(左・写真)からは自分がその環境と直接的に結びついていて、風や光・音・におい・熱などを五感を通して直に感じ取れる有様が伝わってくると思います。それに比べて車の室内空間(右・写真)は完全に守られている代わりになんと間接的なことか?

ガラスとコンクリートの家で見えること
写真6写真6

建築空間が人間の感じ方をいかに変えるか、というもう一つの例をお見せしたいと思います。これは私の自宅です。(写真6)三軒が上下に積み重なって住むという構成になっています。自分が設計したのではなく友人が設計した家を間借りして住んでいるので、言いにくいこともいえるのです、この家は中庭を囲む構成になっていて、そこが全てガラスバリです。だからプライバシーがないといえばないのですが、ブラインドやロールスクリーンを用いて、自分が見られたくない時に閉じることができれば、何の問題もないことが住んでみて分かりました。家は固い壁で守られていなければならないという固定観念は捨てるべきだと思います。住み手の意志で開いたり閉じたりできることが重要なのです。もう一つこの家の窓は大きく開放することができます。季節の良い時には窓を開け放して外気を取り入れることで本当に快適な生活が送れます。しかし冬の寒さや真夏の暑さは耐え難いものがあります。十分な断熱が施されていないので家の中の温度が外と一緒になってしまうのです。これはこの家を設計した建築家の責任でしょう。それは改めてもらうことにして、都市の中でも自然の風や光の大切さを思い出すにはすばらしい家になっています。エネルギーを膨大に消費するエアコンだけに頼るのではなく、自然の持っている力を利用することが大切だと感じられるようになります。

平面・断面図平面・断面図

前置きが長くなりました。今までに述べてきたように生活の仕方を変えると自分の価値観が変化します。環境はものの見え方に大きな影響を与えるのです。こうしたことをふまえながら、新しい価値観を育むための建築環境をいかにつくってゆくかという観点から、板橋キャンパスの再開発について話しを進めてゆきたいと思います。

2.サスティナブル・キャンパスとは何か

有限な地球
写真7写真7

一枚の写真を見てください。(写真7)月着陸のために打ち上げられたアポロ宇宙船から撮影された地球の姿です。この写真を見ると改めて認識されるのは「地球が完結した有限の環境である」という事実です。20世紀の人類はこの地球環境の有限性に気づきながらも、生活の利便性・快適性を求めて大量の資源・エネルギーを消費してきました。それが文明の進歩だと考えられていたのです。そうした中で1981年このような状況に危機感を抱いたワールド・ウォッチ研究所のレスター・ブラウン博士が、「連鎖的に引き起こされる環境の変化により人間社会の基盤、すなわち地球環境が根底から壊れる」との警告を発しました。その原因は勿論大量のエネルギーと物質資源の消費に依存する我々の社会のあり方です。その中でも地球環境の大きな変化、すなわち温暖化の大きな原因となっている炭酸ガス発生のおよそ40%が建設関連とされています。(図1)

図-1 出典:「東京の環境を考える」朝倉書店図-1 出典:「東京の環境を考える」朝倉書店

それ故建物を建設するにあたっては、できるだけCO2の発生しない材料と工法を用いる必要があり、出来上がった建物はできるだけ少ないエネルギーで運用できるよう設計すべきなのです。サスティナブル(sustainable)とは、有限な地球環境の中で「我々の社会が破局的状況を迎えず、続いてゆくことができるような」という意味で用いられる言葉です。安定した生態系を維持して地球環境に急激な変化をもたらさないためには、完結した物質循環のシステムと適切なエネルギーの流れを生み出さなければなりません。具体的には「自然界の物質循環システムの容量を超える廃棄物を根絶すること」と「気候の変動を招くようなエネルギー消費を抑制すること」です。

サスティナビリティの高い建築

サスティナブル・キャンパスとはまさにこうしたことを実現してゆくのに役立つ大学空間を指すのです。その為にはそこに創られる建築がまずサスティナブルでなければなりません。その特質は次の3点に要約することができます。

1.物の物理的、社会的耐用年数が高い
2.少ないエネルギー消費で建物を使うことが出来る
3.建物に使われる材料は環境負荷の少ないものとし、それらを再利用または再生使用できるような状態で用いる

建物はまずそれを使う人に愛され、使い続けられることが重要です。いくら物質的な耐用年数があっても、使いづらいとか、住み心地が良くないとかいう不満があればその建物の寿命は短いものになってしまいます。人々に愛される建物がまず第一の基本です。それがあってその上で、エネルギー消費の少ない建物であったり,環境負荷の少ない材料が用いられていることが生きてくるのです。

板橋校舎再開発の基本方針

こうしたことをふまえて板橋キャンパスをサスティナビリティの高いキャンパスとするために我々は次のような設計の基本方針をたてました。

1.未来へのメッセージを持つキャンパス
2.使う人に愛され親しまれ使い続けられるキャンパス
3.使う人の記憶に残るキャンパス
4.省エネルギーキャンパス
5.省資源キャンパス

(1)の未来へのメッセージとは、前にもお話しした新しい価値観、すなわち利便性や有用性だけではなく人間の身体感覚や精神性を大切にする考え方です。これから大切なのは、ものの豊かさだけでなく人との出会いふれあいを重視することです。この計画では単に学内の人々の出会いだけでなく地域の人々にも解放され、そして世界にも開かれた、さまざまな人々との交流が可能なキャンパスを目指しています。

(2)は長持ちするキャンパスこそもっともサスティナブルであるということの表明です。そのためには建設段階から使う人の参加を求め、建物について話し合いながら設計者と共にキャンパスを創ってゆくプロセスを採用しています。そうすることで建物に対する愛着が生まれ、完成後にも建物を大切に使ってゆこうという気運が高まります。建物はスケルトンすなわち骨格となる構造体の部分と、インフィル・内装の部分を明確に分離して、将来の使い勝手の変化にも容易に対応できる仕組みを採用しています。専門的にはこれをSI(スケルトン・インフィル)と呼んでいます。また建物の寿命を決定するのは、躯体や内装よりも設備の配管類によるところが大きいので、設備システムを更新し易くするため、配管をデザイン的に整理した上で露出したり設備機器スペースを大きくとっています。

そして(3)の使う人の記憶に残ることが、愛されるキャンパスとする上で重要です。自分の思い出を形づくっている環境を誰も積極的に壊そうとは思わないでしょう。多くの人々の記憶の中に残る魅力的な空間イメージを創りあげることを我々は目指しました。板橋キャンパスのシンボリックな空間として、〈交流の杜〉と〈思索の杜〉と名付けた2つの中庭を計画しましたが、これについては後ほど詳しく説明します。

(4)(5)はこうしたことを前題にして始めて生きてくる方針となります。省エネルギーを達成するために自然エネルギーの活用は当然です。建物の断熱や開口の配置を十分検討し、冷暖房・給湯・照明の負荷を減らす工夫をしています。建物の材料を選択するにあたっては健康有害物質を含む材料は使わないのは当然のことで、製造エネルギーの小さい材料や、再使用、再生使用の可能な材料を優先して使うように設計を進めています。

以上、新キャンパスを設計するにあたっての基本方針を述べてきましたが,これから具体的にどのようなキャンパスになるのかを見てゆこうと思います。

3.新キャンパスの空間構成

人と人の直接的な出会いを大切にしたキャンパスを創り出すため我々は次のような6つの目標を立てました。

1.新しい建物は低層とする
2.人の出会いを生み出す中庭空間を創る
3.立体的交流空間としてスパインを創る
4.キャンパスのシンボルとして図書館を位置づける
5.学生の知的たまり場として自由研究スペースを創る
6.アメニティー施設を充実する

低層の建物

これらについてさらに詳しく説明することにしましょう。

図-2は整備前の板橋キャンパスの配置図です。1963年に建てられた2号館、3号館、1966年の体育館、そして1973年の50周年記念館が老朽化し耐震上も危険なのでこれらを取り壊し、1号館と研究管理棟は改修した上で新しいキャンパスを創ることが計画の前提条件でした。

図-3は新しいキャンパスの全体配置です。敷地北側の道路に沿って教室や研究室の入る新2・3号館と体育館や部室の入る新4号館を配置して中庭を創り出し、その中央に図書館を置くというのが基本の考え方です。(1)で述べたように新しい建物は5階以下とします。低層の建物は上下の移動が少ないので誰にとっても使い易く災害が起こった時にも安全です。(写真8)そして何よりも人と人の出会いを生み出すのにふさわしい形式です。エレベーターに頼らざるを得ない高層の建物では、ひとは孤立しがちになります。敷地に余裕があるとはいえない板橋キャンパスの中で、あえて背の高い建物を創らず、人と人の出会いを最大限重視した低層の建物で構成したことが今回の計画の特徴です。

中庭空間
写真9 中庭空間の創出写真9 中庭空間の創出

イギリスのケンブリッジ大学やオックスフォード大学の校舎は、クオードラングルと呼ばれる中庭を囲う形式で建てられてきました。中庭は室内空間に光や風といった自然の恵みを用意するだけでなく、思索やコミュニケーションの場としても役立ちます。これは建築のもっとも普遍的な構成方法の1つです。京都の町屋の坪庭もスペインの住居にあるパティオもこれの小さな例の1つでしょう。板橋キャンパスでも伝統的な大学空間に見られるこの形式を採用しました。さらに中庭の中心に図書館を核としたキャンパスのシンボルとなる中央棟を配置することで、性格の異なる2つの庭が生まれました。(写真9)

図-4 研究・管理棟から交流の杜を通して中央棟・2・3号館を望む図-4 研究・管理棟から交流の杜を通して中央棟・2・3号館を望む

正門を入って正面に見えてくるのが〈交流の杜〉と名付けられた乾いた中庭です。(図-4)ここは人々の出会いの空間であり、学園祭等ではイベント空間として使われることを想定しています。

図-5 南側立断面図図-5 南側立断面図

そして中央棟の西側には緑で覆われた〈思索の杜〉が用意されています。一人になりたい時にはうってつけの場所でしょう。この2つの中庭は中央棟1階のレストランで結び付けられ、それぞれ独立した空間でありながら、連続した一体のより大きな中庭空間を構成しています。(図-5)

スパイン空間

今回の計画でもう1つ重要な要素が、スパインと呼んでいる立体的交流空間の創出です。スパインとは背骨という意味で、建築用語としては建物を貫く直線的な動線空間を指すのに使われます。しかし今回の計画では単なる動線空間ではなく、学生が授業の合間に時間を過ごすことの出来るテラスやバルコニーが用意されていて、まさに人と人の出会いの空間となることが意図されています。(写真10、11、12)

図書館と情報センターが複合した中央棟の前面には大階段が設けられています。2階の正面入り口へのアプローチですが、スタジアムの客席のような役割も持っています。その奥に階段やテラスを含んだ硝子屋根付きの半屋外空間があります。これが中央棟のスパインです。読書に疲れた学生達がここに出てきてホット一息つく場所として考えられています。この空間は連絡ブリッジで北側の新2・3号館のスパインに連続しています(写真11)。授業を受けた学生たちが雨の日でもスムーズに図書館へ移動できるように計画されています。新2・3号館のスパインは太陽の光を十分受けることのできる南に面しているので、雨よけや風よけを兼ねて面積の半分位が透明な太陽光発電パネルで覆われています(写真13)。

図-6 新2・3号館のスパイン空間図-6 新2・3号館のスパイン空間

授業を受けにきた学生たちは必ずこのスパイン空間を通ることになります。そこでは研究室から顔を出した先生と学生の立ち話が始まるかもしれません(図-6)。


我々は以前にこれと同じような空間を計画したことがあります。(写真14)。福岡大学のA棟です。そこがどのように使われているか、数枚の写真をお見せしましょう(写真15、16、17)。学生たちが授業の合間にできたちょっとした時間を過ごす場所として使われている様子がお分かり頂けるはずです。

新図書館・情報センター
図-7図-7

図書館は大学の中でもっとも重要な空間であり、知の殿堂たる大学を象徴する空間だと言っても過言ではないでしょう。我々は板橋キャンパスの核として図書館・情報センターを中庭の中心に計画しました。(図-7)

図-8 中央棟1Fレストランカフェテリア図-8 中央棟1Fレストランカフェテリア

この建物の1階には先程も述べましたようにレストラン・カフェテリアが入り、学生たちのたまり場が用意されています。(図-8)

図-9 中央棟1F多目的ホール図-9 中央棟1F多目的ホール

大階段の下には360人収容の平土間の多目的ホールを設け、授業の他にさまざまなイベントに対応できるよう計画されています。(図-9)

こうした機能が入ったいわば人工地盤の上に大階段に導かれて図書館・情報センターが創られています。開架で20万冊、自動化された閉架書庫の中に20万冊併せて40万冊の図書を収容できる図書館です。閲覧席は板橋キャンパス学生数の1/10、548人分が用意されています。これにコンピューターが自由に使える情報ラウンジや、さまざまなサポートが受けられる情報センターが組み込まれて、書籍だけでなくインターネットを通じての情報がどこにいても手に入る環境が用意されています。最上階には芝貼りの屋上庭園に面してクワイエット・ルームがあり、よけいな音に悩まされないで読書に集中できるように計画されています。(図-10、11、12)

アメニティー施設

大学キャンパスは小さな街だと言えるかもしれません。研究や教育スペースに加えて学校生活をより豊かなものにするアメニティー施設を今回の計画では充実することにしています。中央棟のレストラン・カフェを始め、1号館のレストランも改修して食事の環境を豊かにします。今まであった郵便局もキャンパスの中央に移動させ、その横にはATMも使えるコンビニエンス・ストアーが計画されています。さらに書店・売店の計画もあります。また、事務関係の窓口も統合して学生たちが使い易い工夫も行っています(図-14)。

4.サスティナブル・キャンパスを実現する工夫

図-15 出典:「東京の環境を考える」朝倉書店図-15 出典:「東京の環境を考える」朝倉書店

以上の空間の骨格を元にしてどうしたら低環境負荷のキャンパスが実現できるか,それに対する工夫がこれからのテーマです。既に述べましたようにCO2排出量の40%近くが建設関係の活動によるものです。さらにその中身を見てゆきますと,建設する時に使われるエネルギーよりも建物を使ってゆく時に消費されるエネルギーの方が多いことが分かります。ライフサイクルコストすなわち建物を計画してからそれが取り壊されるまでにかかるだろう費用を算出したモデルがあります(図-15)。それによると建物を建設する時にかかる費用は全体の25%にすぎないことが分かります。お金がかからないということは消費されるエネルギーも少ない。すなわち環境負荷が小さいということが想像されます。ライフサイクルコストの中で大きな役割を占めるのは建物を維持してゆく時に必要な照明や空調にかかる費用、いわゆるランニングコストです。それを低減できればサスティナビリティの高い建物の実現に一役買うはずです。ではどのような工夫があるのでしょうか。

建物の省エネルギーを実現する工夫として次の4つが考えられます。

1.周囲の環境のヒートアイランド化を防ぐ
2.内部空間への熱負荷を制御する
3.自然エネルギーを活用する
4.エネルギー消費の少ない高効率システムを採用する

ヒートアイランド化を防ぐ
写真18写真18

ヒートアイランド化を防ぐには単独の建物の努力だけではその目的を達成できません。1つ1つの建物とその周囲の緑化から始めて街全体にそれが波及してゆくことが必要です。今回の設計では新築する建物の屋上は出来るだけ緑化し,キャンパスの外部空間も多くの緑を植える予定になっています。(写真18)

熱負荷の制御
写真19写真19

まず外部の環境を整えた上で次は建物そのものの工夫です。エネルギー消費の少ない建物とするためにはしっかりとした断熱を施す必要があります。今度の建物ではコンクリート躯体を蓄熱体として利用できる外断熱を採用しています。内部の冷暖房によって冷やされたり,暖められたりした躯体は外側から断熱することによってその熱を保持し,寒い朝など暖房を立ち上げる時に室内の温度があまり下がらないため少ないエネルギーで容易に室温を上げることができます。この外断熱材としてグラスウールなどの断熱材に加え、チーク材が使用されています。ただ単なる断熱材としてだけでなく、木の外壁材として建物の暖かい表情をつくるのに役立っています。(写真19)

写真20写真20

開口部廻りにはこれもまた断熱性能の高いペアガラス入りの木製サッシュが使われています。(写真19)

写真21写真21

熱負荷の大きな西側に開口部を持つ中央棟には、ガラス繊維で造られ光触媒の働きで汚れが自然に落ちてしまう遮光スクリーンを設けて、西日対策を行いました。(写真20、21)屋上の緑化や軒の役割を果たすスパイン空間などとあいまって新しい建物は外部からの熱の侵入に強い構成を持っています。現場に入ってから施工を担当している大林組の技術研究所の協力を得てコンピューターによるシュミレーションを行い外断熱の性能を確認しました。

自然エネルギーの活用
図-17 中廊下・風と光の塔図-17 中廊下・風と光の塔

この建物では自然エネルギーを活用する工夫をいろいろと行っています。その例を新2・3号館のなかに見てゆきましょう。図-16はこの建物の南北断面を示しています。中央に走る中廊下に、外から光を取り入れたり、暖められた空気が自然に上昇するドラフト効果によって風の流れをつくり出す〈風と光の塔〉と名付けた吹き抜け空間を設けました(図-17)学生2人が覗き込んでいるのがそれです。空調をするために必要な空気はキャンパス内の建物を結び付けている設備配管・配線のための地下の共同溝を通して採り入れられます。ここは年間を通じて15℃〜20℃の地下にあるため空気の温度が一定しており、夏は涼しく冬は暖かい環境になっています。冬の場合(図-17)は解体する50周年記念館の地下室だけを残しそれを利用して、上部躯体を解体した時に発生したガラをつめた地下蓄熱槽を通して5℃位の外気が10℃程度に暖められ、外調機と呼ばれる空調機に入ります。この空調機は建物を支える杭の中で暖かい地中の温度をもらい、さらに空気を暖めます。そして各教室の床下に送り込まれて床を暖め窓際にあるファンコイルでさらに加熱されて教室内に吹き出します。その空気の一部は中廊下に排出され〈風と光の塔〉を通って廊下部分を暖めながら最終的に外部へ排気されます。地中の温度を最大限利用したこの空調システムはエネルギー消費の少ない建物の実現に大いに役立ちます。夏の場合の空気の流れを図-18に示しておきます。

写真20 太陽光発電スクリーン写真20 太陽光発電スクリーン

ランニングコストの中で照明に使われる電気使用量の割合は大きなものです。これを減らすために窓際とそうでない部分に部屋をゾーン分けして、センサーで照明のつき消しを自動的に行う方式を採用しています。建物の形状にも工夫をしています。窓には光を反射して室内の奥まで明るくするようにライトシェルフ、日本語にすれば光の棚と呼ばれる庇状の部材を取り付けています。これに加えて中央棟の図書館の天井は室内側に膨らんだ円弧状としてできるだけ内部へ光が届くように計画しました。

石油ガスや電気だけでなく太陽光や光のエネルギーを利用する工夫も積極的に行っています。新2・3号館のスパインを覆うガラス屋根とスクリーンの半分は太陽光発電パネルを組み込んだ合わせガラスが用いられています。発電容量は1時間あたり約30KWで、新2・3号館で想定されている電気使用容量の約6分の1をまかなう予定です。模型写真(写真20、21)の青く見える部分がパネルです。

また屋上には小型の風力発電機が5台のせられています。このような自然エネルギーを直接利用するシステムに加えて、空調や電気関係には発生したエネルギーを無駄なく使う効率の高いシステムを採用しています。例えば自家発電を行った際に発生する排熱を給湯や床暖房などに利用するコージュネレーション・システムです。図書館の空調はこの排熱を使って除湿するデカント空調と呼ばれる高品位の方式を採用しています。

以上のような省エネルギーに対するさまざまな工夫に加え、省資源にも大きな注意を払いました。日本の産業廃棄物の約4割が建築関係の廃材だといわれています。これを少なくしてゆくことが急務です。エコマテリアルとは環境負荷の小さな材料をさすのですが、これを積極的に使ってゆくことにしています。建物を使う人の健康を害さない素材であること、耐久性があり、廃棄時には問題の少ない素材であること、そして資源循環のし易い素材であることがその特徴です。

さまざまな素材に中で昔から我々が親しみ、いろいろな用い方をしてきたものに木があります。断熱性や調湿性に優れている上に、木の香り、テクスチャー、肌触りなどが我々の心を和ませます。これを建物に積極的に用いています。木の外壁や木のサッシュそして各教室の床はフローリングで仕上げました。

5.エピローグ

建物が使う人に愛されて長く使い続けられること、それが様々な建築的工夫にもましてサスティナビリティの高い建築を実現する上で重要だということは前にも述べました。建築計画に携わる大学関係者や設計者、施工者だけでなく出来るだけ多くの人々に建設段階から参加してもらうことが大切だと我々は考えています。今日の講演会のような機会があればそれに参加することも大きな意味を持ちます。施主との密接な打ち合わせも続けてきました。毎週設計内容を確認するために開かれている定例会は既に110回を越えました。これは工事が完了するまで続く予定です。自分が直接参加すれば建物に対する愛着も増すはずです。中央棟の図書館エントランスホール吹き抜けの大ガラス面に設置する予定のステンドグラスの製作には多くの先生方や学生諸君に参加していただきました。(写真22、23)

また〈交流の杜〉の中に出来る空気取り入れのためのタワーは教育学部の和田先生のデザインです。(図-20)

やがて今年の9月には第1期工事が完成します。中央棟と新2・3号館のみの竣工でキャンパス全体が新しくなるわけではありませんが、木の香りに満ちた新校舎の一部は体験できるはずです。

今日講演会に参加していただいた方々が来年は板橋に移ってきて新しい校舎の中で勉学に励まれることを期待しています。

最後に今日の話の始めにお見せした「有限な地球」の写真をお見せして講演会を終わりたいと思います。ご清聴ありがとうございました。

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