飲料:中国(2)天山の水でウィグル茶を

トホテイ

「日本はお茶の国だ」「日本は飲物の国だ」という話題が時々私たち外国人の間でとび出すことがある。日本に留学中の私も、友人と一緒においしい日本茶や、緑茶、紅茶などを飲みながら、日本はお茶の国だということを感じる。そんなとき友人たちから「あなたの故郷にはどんな飲物がありますか」「ウイグル人が住んでいるタクラマカン砂漠には飲み水がありますか」などと問われた。

砂漠の周辺に住んでいる人々の飲物はどんなものだろうか。ウイグル人は、中央アジアの東部すなわち天山山脈の南と北、タリム盆地周辺のオアシス地帯に住んでいる。中国では“新疆ウイグル自治区”と呼ばれているが、ウイグル人たち自身は自分たちの住んでいる土地を「東トルキスタン」と呼んでいる。ウイグル人の飲物で一番ポピュラーなのは自然の湧き水である。これは中国の漢民族の人々と全く違う点の1つである。漢人は必ずお湯を飲む。生水は絶対に飲まない。ウイグル人たちは自然の湧き水が大好きで、いわゆる天然水を大切にする。これから、ウイグルの飲物をいくつか紹介したいと思う。

1.神泉の水

タリム盆地の北にあるバーイ(拝城県)のキジルに千仏洞という場所がある。この千仏洞がある山、すなわち天山の南麓に“涙の泉”と呼ばれる“神泉”がある。数千年来、山の岩石の割れ目から落ちてくる滴によって小さな泉が形成されている。ここにウイグルの美しい伝説が残っている。

大昔、ウイグルの王女が父王の家来でファリアティーという人を愛した。ある日、彼女は父王に言った。「お父様、私はファリアティーを愛しています。どうか結婚させてください。」王様は怒った。しかし、娘を掌中の珠のようにかわいがっていた彼はこう言った。

「誰であっても朕の娘と結婚したい場合は、一千の部屋を作らなければならない。」

ファリアティーは結婚のために毎日毎日崖の下で部屋を作りはじめた。十数年かけて、999の部屋を作り、最後の1つの部屋を作りはじめた日、悪魔が来て彼にこう言った。「彼女はもう死んだ!」この悪いニュースを知らされた彼は悲嘆にくれ、生きる希望を失いモザテイー河に飛び込んだ……

悪魔は今度は王女の所に来て、彼の死を報告した。彼女は悲しくて、山の上に登って、河を見ながら涙を流した。その王女の涙が泉となった、という伝説から“涙の泉”と呼ばれるようになった。そしてそれは数千年の昔から今日までずっと枯れることなく流れ続けている。山の岩石の割れ目の中から流れ出た湧き水は山の下で泉を作る。水は非常に清浄で甘みがあり、「神水」として人々に飲まれている。

病気になった人、失恋した若い男女、病気で目が悪くなった人々も、わざわざ遠くから「神泉」まで来て、湧き水を飲んだり、顔を洗ったりする。時間がたつにつれてこの神泉の水は人々の飲物になった。

2.ファミルの鉱泉水

タリム盆地の西南端にあるカラーコリ湖の近くにある鉱泉の水は、いわゆるミネラルウォーターである。ウイグル人たちは昔から泉水あるいは生水を好んできた。というのも天山山脈の北と南麓の丘陵地帯にはたくさん泉があったからだ。泉の中には、もちろん温泉もある。

泉の水がきれいなので、ウイグル人たちはこの水を大切にして、瓶や缶などの容器で水を汲み、家に運んで、ゆっくり飲みながら話しをすることが多い。

最近タリム盆地で石油が発見された。それに伴い、たくさんの労働者たちが中国の奥地――四川、河南などからタリム盆地の石油工場に働きに来たため、飲物の需要量が激増した。それに対応するために近代的なミネラルウォーターの工場を作って、石油工場の労働者たちの需要をまかなうようになった。逆に、ウイグル人たちの飲み水が減って、水不足になっている。

缶詰になって、市場に流通しているミネラルウォーターの中で、ちょっと有名になったのが“パミルウォーター”である。中国科学院水質研究所で「パミル鉱泉水」を科学的に分析した結果、この泉の水は無加工で、高水準の清潔な飲物として判定された。

3.ドラ茶(健康茶)〈Dora Qai〉

ドラ茶はすべて砂漠の植物の中から薬草となるものを選んで作った飲物である。ドラ茶は昔からウイグル人家庭の父親たちが作った。

37万平方kmの面積があるタクラマカン砂漠の中で食用に出来る植物は400種類、そのうち150種類以上は薬草として、ウイグル医学の主要な薬源となっている。例えば、砂漠の植物としてジギダ(沙樹)、ギジルゴルシルコゴル(黄花)などがある。

ドラ茶は砂漠の植物であるアキムシ、カラムシ、アナル(石榴の種)、シアプトル(櫻桃)、甘草、枸杞、ヤガク、動物のブゴムンゴズ(鹿茸)、高山植物雪蓮(カルライラ)などを精選加工して作る。ドラ茶は疲労回復、神経衰弱、慢性病などに効能がある。

4.ミルクティー(Sut Qai)

ミルクティーはもともと中央アジアのタリム盆地のウイグル人たちの飲物であり、シルクロード途中で疲労したキャラバン(商隊)にとって一番おいしい飲物である。ミルクティーはウイグル語で"Sut Qai"と言う。一般のウイグル人家庭では、朝食としてナンを食べSut Qai(ミルクティー)を飲む。ミルクティーに関する歴史的記録が中国の占籍の中に残っており、2000年以上の歴史がある。ウイグル人の家庭の主婦は、毎朝早く起きて、家族の朝食を作り始める。まず、傳茶(紅茶)を沸かす。そしてまたミルクも沸かす。茶とミルクを2対8の割合で一緒に混ぜ、10分ほど沸かして出来上がったミルクティーを飲む。家によってはミルクと紅茶を半分ずつ、少しチーズと塩を入れて一緒に沸かして作る。ミルクティーには必ず牛の乳か羊の乳を使う。

5.ヨーグルト水(Dorghap/ドルガプ)

ヨーグルト水は夏の飲物である。ヨーグルトと細かく砕いた氷を一緒によく撹拝して、ヨーグルトジュースという飲物を作る。一般に夏の暑い季節には最も人気がある飲物である。昔冷蔵庫がなかった時代には、冬季に泉水を盆の中に入れて、氷を作り、地下の氷室に貯蔵して、夏になったら少しずつ出してヨーグルトジュースを作っていた。今は、冷蔵庫や、冷凍庫など電化製品が出来て、氷を作るのは簡単になった。

6.馬乳の飲物

ウイグル人(あるいはカザフ人)の高級飲料の1つが馬乳飲料である。まず、馬の乳を絞ってきて濾過する。しばらく置いて軽く醗酵させて、酸味を出す。少し氷を入れ、冷やす。撹拝して、味をみながら飲む。この馬乳は、夏の暑気払いの飲物として昼食や夕食の後に飲む。

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ウイグルの伝統的な飲物にkogun(メロン)ジユース、西瓜ジュース、グレープジュース(UZUM soyi)、りんごジュース(Alma soyi)などがある。これらはすべて家庭で主婦の手で作られてきた。

経済発展に伴い、輸送・通信手段の発達で地球規模の相互交流が緊密なものとなった。中国も市場システムを取り入れた経済体制改革と対外開放政策を進める移行期にある。いわゆる「社会主義市場経済」の時代に入った。シルクロードの交通中心地帯にあるウイグル社会も東西の経済風を受け、近代的な飲物もたくさん入ってきた。例えば、オレンジジュース、コカコーラ、グレープジュース、カルピスなどがウイグル人のお腹に入っている。この点では、ウイグル社会も近代文明の波に毒されてきたと言ってよい。

初出誌情報

トホティ1995「飲料:中国(2) 天山の水でウィグル茶を」 大東文化大学国際関係学部現代アジア研究所編『ASIA 21 基礎教材編』 第5号 大東文化大学国際関係学部現代アジア研究所広報出版部会 pp.111-113.

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ここに公開している文書は、現代アジア研究所編『ASIA 21』中の「アジア諸民族の生活・文化誌」に寄稿頂いたものを、その当時のまま転載させて頂いたものです。 詳しくはこちら

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