飲料:タイ

飲料:タイ

小泉康一

タイの人々の基本的な飲料は、「水」(nam,ナーム)である。タイ人の家庭を訪問すれば、挨拶の後、まず第一に出て来るのは、粗末な瓶に入った水とガラスのコップである。「お水を飲みますか」などとは、まず聞かない。都会風な場合を除き、一般に農村部の家庭での飲み物は圧倒的にただの水である。現代では若い人々を中心にコーヒーや清涼飲料水の消費が伸びているが、何といっても重要な飲み物は水である。首都バンコクや地方都市なら水道があるが、地方の人々にとって日常の生活用水を得ることは重要な関心事項である。

1.水

飲み水は都市では水道水(nam prapaa,ナーム・プラパー)。農村では雨水か、井戸水である。詳しく言えば、雨季には雨水、乾季には井戸水が普通である。飲用の井戸水が手に入らない所では、乾季にも蓄えていた雨水を使う。

大河に沿っていて、乾季でも河の水が利用できる所では、河の水が飲料水に使われる。タイの人家は大体、河や運河(クローン)のほとりにあり、高床式家屋が水に面している。「私たちタイ人は、はるか遠い昔、おじいさん、おばあさんの時代から、河の水を飲んできた」(アヌマーン・ラーチャトン)。タイでは川は天から流れて来るという考え方があり、水祭、川への祈りなどの一種々の行事がある。

田舎ではだから、水は川か、井戸か、空(雨水)から得る。水道がたとえあっても、いつも水が出るとは限らず、水を甕や水槽に溜めておく。容量は100~200リットルの大きな甕である。土甕や人の背丈ほどのコンクリート製の水甕も普及している。

また一般に地方では、雨水や井戸水はそのまま飲むか、甕に入れて、上澄みを飲んだり、一旦煮沸してから飲んでいる。水道水があったとしても、煮沸せずにそのまま飲むことはしない。

大型の水甕は地下水の利用が困難な所では必須の日用品となっている。人々は水不足を切り抜けるため、家に水甕をいくつも用意して、それに雨季にトタン屋:根で受けた雨水を溜めておき、飲料水とする。雨水は飲んで味がよく、他の水よりも安全だという生活上の知恵である。 雨水を溜める甕

水甕はどこでも製造されるが、特に中部平原のモン人の甕作りは有名である。黒粕をかけて焼いた独特の水甕が小舟に満載されて、運河沿いに売り歩かれている。筆者がかつて滞在した南タイでも大型トラックの荷台に水甕を積めるだけ積んだ水甕売りを見たことがある。雨の多い南タイの我が家にも3箇ほど備えてあった。大型の水甕は現在でも家庭用貯水容器としてタイ全国に普及している。

ところで勿論、水をめぐっては地域差がある。例えば、北タイの山地は渓流が多く、同じタイでも用水確保にはあまり苦労はしない。湧水や小川の水を飲んでいる。ただし、山地民だけは高い屋根に住むため、竹筒を背負って、はるか眼下に一筋きらめく谷川まで降りて行き、水を汲み上げてくる苦労がある。

他方、東北タイの平原は用水不足がいちじるしい。池や井戸を掘って、水を手に入れている。砂中に浸み込んだ水が、地下水としてたまっていることが多い。しかし東北部の場合、井戸水は塩分が強く、飲むことができない。地盤に岩塩層があり、乾季の地下水はすぐに塩辛くなってしまう。乾季にはまた、地下水が干ヒがる。家の近くの池や井戸が干上がり、どこを掘っても塩辛い水しか出ない所では、何キロも先の共同井戸まで、水汲みに行かねばならない。天秤棒やリヤカーで水桶を運ぶのは大抵、主婦、女性、少年少女だが、大変な重労働である。東北部の農村では雨水を飲料水に、井戸水や川の水をその他の生活用水に使い分けているのが見られる。

バンコクに水道が出来たのは、今からおよそ100年程前のプーマ5世の時代である。当時、「水道(プラパー)」という言葉はまだ使われず、人々は「ナム・コック」(nam kok,コック水)と呼んでいた。コックは英語のcock(蛇口)であり、今では口語で水道の水を指す言葉として使われている。管(パイプ)を流れ、蛇口を通って流れ出て来るからである。以前の水道水の供給は、バンコクの人口密集地であるサムペーン地区とその付近一一帯にのみ限られたようだ。

当時、水道(ナム・コック)は全て、川からの取水であった。形こそ違うが、それまでの汲み揚げ水と何ら変わらなかった。ろ過などせず、わずかに明ばんを入れる程度で、殺菌用の塩素も入れなかった。庶民はわざわざ水道に頼る必要はなかった。河があり、沢山の運河があり、水路があり、井戸があったからである。

現在でも、旅客機がバンコクに近づくころ、眼下には水田と数多くの運河(クローン)が目に入る。バンコクはかつて「東洋のベニス」と呼ばれた程、市中に多くのクローンがあった。クローンや河川の水は飲料、沐浴(アープ・ナーム)、洗濯に欠かせなかった。

仮に運河から遠く離れていても、溝や小水路を掘れば、難なく運河の水はひくことができた。また井戸を掘る手があった。バンコク一帯は低湿地で地面に穴をあけて、いくらも掘り進まないうちに、水が湧き出してきた。しかし現在では、人口増と急激な工業化で過度に地下水の水を汲み上げるので、地盤沈下の大きな原因の1つとなっている。

洗濯や水浴はそれほど清浄な水でなくともよいが、飲料水はダメである。バンコクでさえもごく近年まで、河があれば河に、運河があれば運河に、そっくりそのままゴミ、排泄物を捨て、流していた。経[感染の伝染病コレラはその多くが、汚染された運河や河の水を飲んだために発生した。コレラの病いでふした病人が出す汚物は、また運河の中へ捨てられた。これではとてもたまらない。

コレラはバンコクでは過去にも一時、大流行し、影しい犠牲者を出した。また決まって流行した。だからタイの人々は、悪い「ピィー・ハー」(コレラのピィー)がやって来て、手あたり次第に人間をピィー(悪霊)の国へ連れて行ったと言い合っていた。

とは言っても、以前の人口は現在と違い、少なかった。また今のように運河を埋め立て、道路にするようなこともなかった。運河や河の水は比較的、澱むこともなかった。一定の水量と水力を保ち、ゴミ・汚物をきれいに洗い流してくれた。タイの人々にはコレラはさして怖い病気とは思われなかった。体に充分な抵抗力があれば生命を失うまでにはいたらなかったのである。

そうした過去のいきさつがあって、都市では水道水の湯ざましを飲む。湯ざましを飲むのは中国人の影響と衛生知識の普及のためである。中国人(一部のタイ人を含め)は、いずれもみな冷水を飲まない。むしろ好んで熱いお茶を飲む。水に潜む病原菌への対策である。

今ならバンコク首都圏は水道水が容易に手に入るようになった。それでも低所得者階層の人々が密集して住むスラムのような所では、水道設備が不完全で、水売り屋が繁盛している。彼らはリヤカーに水の入った石油缶、プラスチック・タンクをのせて、売り歩いている。水は水道のある地区から運んでくるが、スラム化の進行で、水の消費は増加の一途である。

タイで生活する欧米人、日本人、及び中流以上のタイ人の間では、プラスチック・ボトルに入った水(ミネラル・ウォーターに似た物)が使われている。名が知られているのは、ポラリス、ノース・スターなどである。これらは以前、限られた富裕層の家屋敷への直接配達や高級レストランでお目にかかる程度だった。ここ十数年ほどで利用層が急速に増えた。今では町の雑貨屋の冷蔵ショーケースの中にコーラ、リポビタンDと並んで置かれているのが散見される。

購買層の多くは若い人々である。一種の高級志向かともとれるが、実用性も高い。欧米人、日本人にとってはプラスチック・ボトルの水の意味はもっと切実で、飲料から料理用、はては歯みがきまで、幅広い用途で使われている。

2.酒類(焼酎・ビール・ウィスキー)

タイの酒は原則的に、米から作った酒である。その他には、椰子から作った酒がある。今ではタイ産のウィスキーも、ビールもあるが、これらはいずれも外来の製法による比較的、年月が新しいものである。

もとからの酒は「ラウ・ローン」(焼酎)。ラオスでは「ラウ・ホーン」と呼ばれる。50度~60度という強いものもあり、材料は米が多い。この酒は14世紀ごろ、琉球に伝わり、泡盛が生まれた。現在でも、泡盛用の砕米はタイからの特別輸入である。

なお農民や一般庶民がよく自分たちで作るので「ラウ・トゥアン」(密造酒)と呼ばれるが、ラウ・ローンにほかならない。密造酒は取り締まりが厳しい。

ビールは圧倒的に有名なのが、「獅子印」(トラー・シン)。1970年代に緑瓶、口金に銀紙をかぶせたドイッビール風のおしゃれなクロスターが出来た。そしてもう一つ、存在感は薄いがアマリットがある。獅子印ビールはアルコール度が最も高い。

ビールを注文すると、まず氷入りのコップが出て来る。コップの底に水を入れたまま冷凍庫で凍らせたものである。冷えて真っ白になったコップにビールを注ぐと、そのうち氷がポカッと浮いてくる。なる程、獅子印ビールは氷を入れて飲むものである。

タイは東南アジアでもとび抜けて氷の消費量が高いという人がいる。確かに、食堂でビール、ウィスキーを注文すると、容器に山盛りのカチ割り氷と水差しがついてくる。

ビールは値段が高いので、一般のタイ人が飲むのはメコン、クワーントーン、セン・ソムといった米で作った国産のウィスキー。中でもよく知られているのは、メコンである。アルコール度35度位で、バンコクや地方の比較的豊裕ななまず人々が愛飲している。タイで総の研究を続けておられる秋篠宮様が、タイからのお土産によく持ち帰られるのがこのウィスキーである。

スコッチ・ウィスキーなど、外来のウィスキーは我々日本人には随分と安く感じられる。昔はタイでも高価だったが、一時期、政府が関税を一気に下げ、以後輸入酒が安くなった。それでも庶民には高嶺の花である。

米ウィスキーには沢山氷を入れ、ソーダで割って飲むのが普通である。ストレートで飲んでいる人は殆ど見かけない。

3.コーヒー・紅茶・お茶

コーヒー(タイ語で、ガーフェー)は最も庶民的な飲み物である。汽車や長距離バスが着くターミナルの一角に、はたまた田舎町の一杯メシ屋の店先で、コーヒーは手軽に飲むことができる。注文すれば、やや長めの布フィルターでこして、すぐに持ってくる。焦げ茶色の独特の濃いコーヒーがコップに入って出て来る。コップの底から半分程は、甘いコンデンス・ミルクが白く沈澱している。それをアルミのスプーンでかき回してから飲む。これだけでは甘すぎるのか、小さなコップに入ったほうじ茶のようなお茶がついてくる。

我々には奇異に感じられるのが、コーヒー、紅茶をガラスコップで飲む習慣。タイではこれが普通である。一杯メシ屋、屋台ならコップ、それ以上格が上になるとカップになる。カップはいわば洋風だ。

飲み方はホットとアイスの二種類があり、「ガーフェー・ローン」は、ミルク入りホットコーヒー。「ガーフェー・ジェン」はミルク入りアイスコーヒーである。アイスコーヒーにはもうひとつ、潮州語名のついた「オーリャン」がある。これはアイス・ブラック・コーヒー。こちらも良く飲まれている。先のコーヒーよりも二回り位大きなガラスコップに氷を沢山入れて、ストローで飲む。タイ人がコーヒーを飲むようになったのは中国人がコーヒー屋を開いてからだと言われている。

タイのコーヒー豆の輸入はごくわずかで、近年デパートで若いハイカラ層が買い求めているようだ。普通は、ネッスル社の瓶詰めのインスタント・コーヒー。これをタイでは輸入している。雑貨屋の店頭でもよく見かける。会社、事務所等でお客として行った場合、お茶としていただくのもこのコーヒーである。

一方、コーヒーほど、一般的ではないが、一杯メシ屋、屋台で売られているのが紅茶(チャー、あるいはチャー・ファラン)。アイスとホット、それにミルク入りとなしの飲み方がある。色は濃いオレンジで、口にふくむとほのかな甘味があり、捨てがたい。なお、町のコーヒー・ショップ、ホテルの喫茶室等、小綺麗な場所ではタイ語でチャー、英語で「ティー」(紅茶)を注文すると、リプトンのティーバッグが出て来てしまう。

日常的に家庭で「お茶」(チャー・チーン、中国茶)を飲むのは中国系の人々だけ。タイ人にその習慣はない。但し、中国系でも若者たちはお茶より、後述の清涼飲料水を好む。ちょっとわき道にそれるが、タイ北部の「食べるお茶」、ミエンの話をしよう。もっとも北部タイの人々の常識では、ミエンは茶の一種ではない。チャー(茶)と言うと飲み物、ミエンと言えば食物の茶をさす。ミエン茶は、茶の葉の漬物である。茶はすべて飲み物ときめてかかってはいけない。ミエン茶は「食べる」お茶、あるいは「かむ」お茶で、北タイの市場でよく見かける。お茶の原型とも言われている。しかし若い人々にミエンは好まれず、むしろコーラ等の清涼飲料が飲まれている。

ほかに、山岳民族のカレン族やシャン族の塩入り茶がある。塩を入れるのは、例えばシャン族の習慣で、あと味がさっぱりするからだ、という。

4.清涼飲料水・ジュース・その他

屋台や食堂などで、食事をしながら飲むのがビン入りの炭酸飲料。どんな出舎にもコカコーラ、ペプシコーラ、バヤリース・オレンジ、セブンアップ、スプライト、ファンタ等はある。ファンタは緑、赤、黄色で見るからに毒々しい。

炭酸飲料は注文すると、氷を入れたコップにストローをさして持ってくる。タイでは他の東南アジア諸国同様、炭酸飲料、特にコーラの消費量が高い。タイ人はコーラ類にも塩を入れる。塩を入れると炭酸が強くなったように感じられるからだ、と彼らは言う。

タイでは新鮮な果物が一年を通じてあり、値段も安く、種類も豊富で何も保存食品のジュー スの形にしてまで、飲む必要はない。日本の感覚で町の食堂でジュースを頼むと、輸入物の缶ジュースが出て来る。但し、タイでもジュースが全くないわけではない。サトウキビは田舎なら、その幹をかじって甘い汁を吸う。都会ではそれを圧搾してサトウキビ・ジュースにする。また観光客の行く所、どこにでも売られているのがココナツ・ジュースである。

変わり種では、日系企業がタイに持ち込み、タイにすっかり定着したヤクルトとリポビタンDがある。タイでもヤクルトは「ヤクルトおばさん」が配達している。大量に消費されるプラスチック容器は、先のインドシナ難民危機のとき、手足を地雷で失ったカンボジア難民の義手、義足の材料にとタイ人医師がその利用を考案、実際に使われた。

テレビで宣伝され、何かと疲れがちな現代タイ人の健康に有益だとしてよく飲まれているのがリポビタンD(通称、リポー)。ドリンク剤は他にもいろいろあるが、タイでは一番名が通っている。リポビタンDと生卵をかき混ぜたものは精力剤に良いという人もいる。急速な近代化を遂げる中で、タイの人々の社会生活のリズムの変化を肌で感ずる現代的な飲み物である。

参考文献

1.プラヤー・アヌマーン・ラーチャトン著、森幹男訳、『回想のタイ回想の生涯(上)』、勁草書房、1981年。

2.河部利夫著、『タイ国理解のキーワード』、勁草書房、1989年。

3.前川健一著、『東南アジアの日常茶飯』、弘文堂、1988年。

4.守屋毅著、『たべるお茶・ミエン』、『季刊民族学11』、民族学振興会、1980年。

初出誌情報

小泉康一1995「飲料:タイ」 大東文化大学国際関係学部現代アジア研究所編『ASIA 21 基礎教材編』 第5号 大東文化大学国際関係学部現代アジア研究所広報出版部会 pp.118-122.

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ここに公開している文書は、現代アジア研究所編『ASIA 21』中の「アジア諸民族の生活・文化誌」に寄稿頂いたものを、その当時のまま転載させて頂いたものです。 詳しくはこちら

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