結婚考:中国―結婚万端

内田知行

婚礼

「いつアメをもらえるのかな」。中国(中華人民共和国)では、結婚が決まると親戚や友人に婚礼への出席を要請しながらアメとタバコの詰合せを贈る習慣がある。そこで、アツアツのカップルにひやかし半分によくこう言う。

もっとも中国の婚礼は日本のそれと比べるとかなりシンプルである。一般的に無宗教の人が多いから、協会や寺院における挙式はない。披露宴があるだけだが、それも1~2時間一緒に会食しておしまいである。香港の婚礼では披露宴は夕食時に行なわれるが、大陸では昼食時に行なわれる。会食場所は勤務先の会社の食堂が利用されることが多い。費用を安く上げるためである。または、普通の庶民が食事をしたりお茶を飲んだりするレストランや喫茶店(茶館)が利用される。いずれも自宅から近いところにある施設が使われる。会社の食堂を使うときには、事前にお金をコックに渡して材料をそろえておいてもらう。コックではなくて料理の上手な友人たちが腕をふるうこともある。近年では懐のゆたかな人々はレストランで披露宴をする。

どのくらいの人数の客を招くのか。正方形のテーブルに8人が座るとして少ない場合で5、6テーブル、多い場合で30テーブル。普通は十数テーブルであるという。レストランでする場合の会食費は、5、6年前は1テーブル100元前後(1ヵ月国営企業従業員の給料は200~250元)であった。最近はずいぶんと値が上がり、1テーブル300~500元になるという。なお、中国料理のレストランのテーブルというと、私たちは丸テーブルばかりだと思う。しかし、丸テーブルは一流のレストランにしかない。庶民の使う普通のレストランのテーブルはすべて正方形である。

披露宴はただ一緒に食事をするだけである。日本の結婚披露宴のように司会者がいて、歌や隠し芸を友人たちが披露することはない。キャンドル・サーヴィスやお色直しもない。これと言った演出はなにもない。花束をもらって花嫁の父が涙をながす場面もない。新郎新婦の恩師やごくごく親しい友人たちが何人か立ち上がってお祝いの言葉を述べる。これにたいして、新調した洋服に身をかためた新郎新婦はテーブルを回ってお礼を言う。新郎は客にビールや酒をつぎ、新郎は煙草をすすめて火をつける。

披露宴が終ると、客は三々五々帰っていく。職場の食堂のように使用時間に融通の効く会場だと、親戚や親しい仲間が残った料理をつっつきながら歓談する。香港の披露宴では開始前の2、3時間、客はマージャンに興じる。大陸では披露宴後マージャン・タイムになる。若い仲間たちが残ると、会場はダンスパーティ会場になる。といっても、健全なソーシャル・ダンスである。帰りぎわに客に結婚の引出物を贈る習慣はない。

では、客が持ってくるご祝儀はいくらくらいか。家族そろって親戚の婚礼にくる時は100元位である。兄弟や姉妹が結婚するときには200~500元を持っていく。友人の婚礼に出席するときには50元ぐらいでよい。現金ではなく品物をお祝いに贈る場合もある。以前は寝具をはじめ家財道具を贈ることが多かった。婚礼当日にご祝儀を持参する人はあまりいない。だいたい事前に手渡すことが多い。披露宴や家具・電気製品などの婚礼費用は両方の親たちが出すことが多い。そこで、花婿・花嫁の親戚や両人の父親の友人が持ってきたご祝儀は彼ら自身のものになる。

統計から見た結婚と離婚

近年の結婚・離婚件数は表1の通りである。90年では結婚件数は951.1万件、離婚件数は80万件である。この10年間に結婚率も離婚率も上昇している。

日本では80年から89年にかけて結婚率は6.7から5.8に下がった。近年ではだいたい中国の3分の1の低さである。それだけに非婚者が多いということである。日本の離婚率は同じ期間に1.22から1.29とわずかに上がった。中国の離婚率は短期間に日本を追い抜いた。では、再婚はどうか。中国全体で初婚者と再婚者とを比べると、結婚する人の24人のうちの1人は再婚である。なお、近年の北京の裁判所における離婚訴訟では妻側の離婚請求が7割を占めるという。

表1 中国における結婚・離婚件数
 結婚件数
(万件)
初婚者
(万人)
再婚者
(万人)
結婚者
(人口千人対)
離婚件数
(万件)
離婚率
(人口千人対)
1980年719.81390.349.214.634.1 0.69
1985年831.31611.950.715.745.80.87
1990年951.11823.378.816.680.0 1.40
出所:『中国統計年鑑1991』、783ページ。結婚率・離婚率は年末総人口から算出。

結婚感

87年頃(と思われるが)北京で独身青年1000人に「結婚感」についてアンケート調査を行なった(回収は約920通)。労働者・軍人・学生・個人営業者・事務職員などで年齢は19歳から37歳。学歴は中卒から大卒まで。「理想の相手としてはどのような要件が必要か」という問いにたいして、90%以上が「人間性」を、80%以上が「仕事への意欲」を挙げた。後者は女性の男性に対する要求としては顕著であったという(「婚前大検査」、中国青年出版社、1989年)。もっとも結婚をテーマとする青年向けの雑誌、たとえば「婚姻与家庭」(北京)、「家庭」(広州)「家庭生活指南」(ハルビン)、「幸福」(武漢)などを拾い読みすると、若干ちがう印象をもつ。こうした雑誌のなかには「花嫁花婿募集コーナー」がたいていある。投稿者はまず自分の年齢・身長・学歴・職業・離婚歴・扶養家族・趣味・住宅条件などを書き、ついで自分の希望を述べる。たとえば男の側は相手にたいして次のような条件を付ける。「穏やかできれいで思いやりのあるひと」「生活態度が正しく品格がよくて、人情をわきまえていて、容姿がよくて、家事のできる人」「35歳以下、健康で容姿がよくて、人情を大切にし家事のできる人」「27歳以下、1メートル60センチ前後、短大卒以上、北京で仕事をしており、品性・容姿ともによい人」など。自分の条件がよい人ほど相手に対する要求が高くなるのは中国も日本も同じである。こうした雑誌を見た印象では、「人間性」におとらず容姿や家事が重要な要素になっているように感じられる。女性の場合も書き方は同じである。ただし、おもしろい点は、学歴・経済・思いやり・仕事への意欲などとともに次のような条件が付けられていることである。いわく「海外・外国籍華人優先」「北京あるいは海外の男性」「国内国外の紳士」(以上、「婚姻与家庭」92年3月号より)。改革・開放初期の80年代初頭には結婚相手として「海陸空」(海外に親戚のある人、政策の変化によって政治的に復権し補償金をもらった人、空いている部屋のある人) がもてはやされた。この3条件のうちでは「海」の人気は一向に下がってはいないように思われる。特に結婚という形で「飛び出す」ことのできる女性の場合にはこの傾向が著しい。

結婚の登録と戸籍

次に、行政・法律面から結婚を考えてみよう。日本では必要な書類を自治体に持参し受理されれば結婚が成立する。中国では、次のように結婚を届け出る。まず中国語で「単位」と言われる職場の結婚同意が必要である。結婚申請書を作成するが、それには職場の上司による同意を示す署名が必要である。結婚届けを出さない事実婚を通すのは、日本と比べるとはるかに困難である。ましてや「ひとりっ子」政策が厳格に実行されている都市部ではいわゆる「非摘出子」の出産はもっと難しい。

職場が結婚のような個人の事情にまで介入するのは、生活の全てが彼の所属する職場中心に動く「単位(職場)主義」によっている。日本では、結婚、出生・死亡のような民政的事件は自治体の所轄事項である。建国後の中国では、「人民公社」に象徴される政治・社会・経済未分離の状態で職場が個人を把握する民衆統制の時代が長く続いた。個人の経歴にかんする事情は自治体の事務所よりも職場の方がよく把握している。本人に関する未婚証明と結婚の同意とを職場が与えるのは、そうした時代の"遺制"が続いているためであろう。もっとも、職場の同意は現在ではほとんど名目だけになった。1970年代末以前までは実際に「拒否権」が行使された。本人の、特に男性の「政治表現」(政治活動に対する積極性の有無)が判断材料にされたという。

結婚しようとする者は、自治体すなわち地元の「街道」事務所に次の書類を提出する。結婚申請書、家族全員の記録である戸口簿(戸籍本とも言う)、全国統一の居民身分証、写真の4点である。戸口簿と身分証とは確認したらすぐ帰してくれる。結婚が承認されると、その場で「結婚証明書」をもらえる。現在では、「結婚証明書」を発行してもらう費用として、50人民元前後の現金を納付する。「結婚証明書」は紅色の表紙が ついた折畳み式の本のようなもので、中には両人の写真が貼付してある。新郎新婦に対してそれぞれ1冊ずつ交付してくれる。新郎に交付する証明書は新郎の名を上に、新婦の名を下に並べたもので、新婦への証明書はその逆である。以後はこの証明書が婚姻を証明する公的文書となり、必要に応じてこれを公的機関に提示する。婚姻証明といってもやたら旧漢字ばかりが並んでいる日本の戸籍謄本と比べると、まことに賑々しいしろ物である。日本人が戸籍謄本を手にするよりもずっと晴れがましいに違いない。なお、夫婦が旅行するときには婚姻を証明する書類がないとホテルで同室に泊まれない。こういう時には「戸籍」でなくて「結婚証明書」を携行する。

結婚の事実は「街道」事務所から地元の公安派出所(戸口簿の原簿が保管されている)に送られる。戸籍の管理主体は公安局の下にある派出所である。だから、戸口簿の中にある当人の「戸籍頁」に「結婚」の事実を記載する権限は派出所にある。結婚登録後、派出所に出頭してこの記載をしてもらうのがルールであるが、たいていは人々は派出所には行かないという。結婚の記載は国勢調査の時に「戸籍頁」にしてもらえばいい、という考えである。日頃から倣慢なところの見える公安系統の人にはあまり係わりあいになりくない、と言う庶民感情がそうさせているという。

戸口簿に付いて若干説明を加えておく。戸口簿は家単位に編成された冊紙である。冊紙のなかには個人単位に一人ひとりの履歴を記した1枚の「戸籍頁」(戸籍登記表とも言う)が綴じられている。いちおう「家族ワンパック」であるが、切り離しもできる。日本の戸籍制度における戸籍謄本のような完全な「家族ワンパック」の文書とは異なる。日本では、夫婦同姓のもとで夫婦とその間の氏を同じくする未婚の子をワンパックでひとつの戸籍に登録する。中国では夫婦別姓の制度が採用されている。子は一般的に父の姓を採る。また、嬰児は母親の戸籍登録地において出生登録をおこなう(1958年4月、公安部第3局「戸籍登録条例の実行にかんする初歩的意見」)。ひらたく言えば、子は母の戸籍に編入される。都市・農村間、大都市・小都市間の戸籍の移動は政府によって制限されているから、現に同居していながら戸籍登録地の異なる夫婦も少なくない。以上の事情により、中国の戸口簿では、別姓の夫婦とその間の夫の姓を採る子の「戸籍頁」がワンパックで綴られている。だから、私たち日本人には奇異な感じであるが、時には姓を異にする母子の「戸籍頁」しかないこともある。(もっとも親子関係は記載事項によって確認できる)。

初出誌情報

内田知行 1992「結婚考:3.中国?結婚万端」 大東文化大学国際関係学部現代アジア研究所編『ASIA 21 基礎教材編』 第2号 大東文化大学国際関係学部現代アジア研究所広報出版部会 pp.84-87.

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ここに公開している文書は、現代アジア研究所編『ASIA 21』中の「アジア諸民族の生活・文化誌」に寄稿頂いたものを、その当時のまま転載させて頂いたものです。 詳しくはこちら

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