本来奥武蔵駅伝には数十年の歴史がある。飯能の町から正丸峠を目指す旧街道 に沿ったコースを往復する駅伝であった。その後道路も整備も進んだ反面、交 通事情が厳しくなり、警察の許可の条件も厳しくなり、一時休止していたが、 伝統復活の署名運動等か実り、復活してから5回目を数える。 本校のこの大会の参加は30年近く前からになるが、私が教員になって、初めての卒業生に現在、新宿の落合周辺を基盤に幅広く、整体院を経営している奥村義之院長の実家が、吾野の中継点の近くにあり、ご家族から招待をいただいたことに始まる。当時の活況は素晴らしく、多くの沿道の方の応援を受けて、大  学・高校・一般の強豪チームがしのぎを削っていた。先輩達の活躍で今でも印  象に残っているのは、小島コーチが故障明けの3年生の時に、4区の下りで強豪を押しのけて区間2位の快走をしたことと現消防庁の高橋雄志が1区で2位の快走をし、4区の安井信之まで、1位で通過して、初優勝を期待して、ゴールに戻ると、何と入賞外の7位になっていたことである。その他色々な思い出を作ってくれた大会である。 今年の奥武蔵も本校としては故障者が続出し、昨年の都駅伝大会に出場した4 人全員が 出場できず、直前まで出場辞退を考えたほどであるが、今までチャンスの少なか った選手が着実に力をつけはじめ、練習を積み上げている姿を見て、スタートラ インに着くことに踏み切った。順位やタイムはともかく、出場者は精一杯力を出 し切ってゴールまで襷を運んでくれた。レースの見どころは他チームとの競争と いうより、長沢・村松・西片・丸山を含む、OBチーム(小島組)とのデットヒ ートの末、辛うじて振り切って現役の意地を見せた点だった。出場メンバーは次 の通り。1区2年寺川雄介2区2年饒村秀一3区2年小林大志4区1年中橋貴弘5区1年大城昌宏6区1年山元香輝

 *下記は昨年の奥武蔵のコメントである。今年も似た状況であることがわかる 。 {冬休みに1年生の故障者が続出した。確かに例年に比べて走り込みの距離が増 えたが、自己管理のの未熟さと自分の怪我の状況を判断できずに、トレーニング 量と質を加減できないのが回復を遅らせている原因である。病気になった人が入 院して全く動かないと筋力は落ち、身体のバランスが崩れるので、本来の歩行に 戻るのに大変時間がかかる。長距離選手がジョグや筋力に負荷を与えずに日にち を重ねて突然トレーニングを開始すれば、当初筋力の衰えが原因で一部の健に激 痛が走る。この段階で不安になり又トレーニングを休み期間を長引かせるのであ る。頭も身体も使わなければ退化するのである。今回1年生のそのような状況を 抱えながら数人が走れずに奥武蔵駅伝に出場することになった。与えられた状況 でどのように自分の力を発揮するかが課題だ。駅伝で力を発揮するのに大切なの は早いピッチを刻むことだ。遅いペースにはまって楽なペースに甘んじては力が 出せない。以下に自分を追い込むか、普段から意識をして苦しみきる練習が必要 なのだ。今回の奥武蔵駅伝はそのための課題探しである。}
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東飯能駅前のスタート
こちらはOBチーム
飯能駅前のフィニッシュ