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金メダルを影でバックアップ

黄海匡士さん

北京五輪男子競泳で金メダルを獲得した北島康介選手。獲得の裏には黄海匡士さん(1984年度大東医学技術専門学校柔道整復科卒)がいた。 競泳日本選手団のトレーナーとしてチームに同行。「選手が血のにじむ努力で作り上げてきた体を、レース直前の施術で壊してしまわないよう、毎日が緊張でした」メダル獲得の瞬間、うれしいよりホッとしたのが正直な気持ちだった。 黄海さんの実家は祖父から続く揮毫業。専門学校卒業後2年間家業を手伝っていた時、腰を痛め接骨院や鍼灸院に通院した。楽になってきたので、鍼灸の勉強をしようと専門学校へ通い始めた。家業は自分には向かないと思った。机に向かうばかりの生活が性に合わないからだという。

「鍼灸は哲学」 東洋医学の奥深さに迷い始め、やればやるほど分からなくなった。そこで体について総合的に学びたいと、卒業と同時に大東医専へ進学した。数ある専門学校の中で大東を選んだのは、家業との兼ね合いですかとの問いに、「理由は学費が安かったから」と笑う。

「大教室で個別指導」 解剖学の非常勤講師だった手塚雅晴先生(故人)の授業がおもしろく、一言も聞き漏らすまいと顔を上げて聞き入っていた。先生もそれを察してか60人近くいる生徒の中で、私を中心に教えてもらっているような錯覚さえ覚える指導をしてくれた。「何も言わずに私が首をひねっただけで、もう一度説明してくれましたよ」と当時を振り返る。あのけががあったから今の自分があり、金メダルに立ち会えましたと語った。

きうみ・ただし56年生まれ。黄海接骨院院長。日本オリンピック委員会強化スタッフ。
※本人の強い希望により、写真は掲載いたしません。

(2008年9月)

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