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スポダイでの一枚がキッカケ

長島一浩さん(朝日新聞社カメラマン)

長島一浩さん 

シャッターを切った瞬間、確かな手応えを感じた。大手町で撮影した箱根駅伝の写真が「スポーツ大東」新聞の1面に載った=写真。それから7年後。朝日新聞社のカメラマンとして、大手町の報道規制線の中で先頭のゴールを待ち、撮影した1枚が今年1月4日の朝日新聞の箱根駅伝を報じる写真となった。

2005年3月の卒業後、北海道日刊スポーツ新聞社に就職し、10年2月に朝日新聞社へ転職。東京本社編集局写真センターへ配属された。プロ野球日本ハム、ダルビッシュ有投手の一挙手一投足を追いかけたプロ野球中心の環境は一変。首相官邸、民主党本部、国会議事堂など政治関連の取材も経験した。

「写真の世界は楽しく、その瞬間を撮れたときは何とも言えない充実感があります。非常にシンプルな仕事ですが写真1枚の価値は重く、取り返しがつきません。大げさに言うと、コンマ0秒の世界の仕事です」。とは言っても、何度も失敗し、デスクに怒られることはしばしば。

この仕事は、なにより「判断力」と語る。現場では自分一人で考え、取材する機会が多い。何か起こっているかを的確に理解し、表だけではなく、「裏」も見つめなければならない。高校野球の取材でサヨナラ安打を放った球児の母親が父親の遺影を持っていた場面、モデルの華やかなステージではないステージ裏の小さな控え室の雰囲気など、自分で見つけ、すぐに決断して動いて撮ることが重要。さらに洞察力も大切な要素。次はどうなるだろうと考えていなければ、大事なところを逃してしまうから。

東日本大震災の取材も経験した。土葬の取材で、人生で初めてレンズを向けたくないと思った。「土葬される人たちの中で棺おけにも入れず、黒いビニールの中に入ったままの人もいました。震災の取材では私は写真を撮って、話を聞くことしかできませんでした。震災の取材を通して、どう変わった?とよく聞かれますが、私の人生観に大きな影響を及ぼしたことは間違いないのですが、その答えはよく分からないのです」。

5月からは香川県の高松総局に異動となった。これまでのカメラだけの生活から北海道日刊のときと同様に記事も書いている。スイカ出荷、海開きなどのローカルネタの取材をしている。全国に発信できるようなニュースも追いかける。被写体と向き合いながら、写真のレベルアップにも励んでいる。辛い仕事と何度も思ったことはあるが、仕事を嫌いになったことはない。

朝日新聞社高松総局勤務。04年度社会経済学科卒、群馬県出身。

(2011年8月)

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