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読売文学賞(研究・翻訳賞)を受賞 プラムディヤ・アナンタ・トゥール『人間の大地』4部作

押川典昭さん(国際文化学科教授)

押川典昭さん▲読売文学賞(研究・翻訳賞)を受賞

「学部長をしながら、よくできましたね」と言われる。

「仕事の合間」にとはいかないが、パソコンを常に持ち歩き、文章を書き留めた。

1966年、ロシア文学を学ぼうと早大文学部に入学。学費値上げ反対運動で授業もなく、東京外大のインドネシア語学科に入り直した。当時はちょうどベトナム戦争のころ、アジアになんとなく惹かれるものを感じた。

プラムディヤの作品を読みはじめたのは大学の4年生の頃だったか。はじめは、3度の獄中生活を送り、65年から政治犯として拘束されながら、流刑地で4部作を書き上げたその経歴に興味をもったが、読み始めるとそんなことよりもとにかく面白い。圧倒的な力量に、インドネシア文学の底力を知った。

大学院を修了後、東大ほかで非常勤講師をする。プラムディヤ作品を翻訳し始めたのもその頃で、「当時はほとんど文筆業のような生活だった」と笑う。最初に訳した彼の小説は『ゲリラの家族』(83年)。

86年に『人間の大地(上・下)』を刊行。その後、『すべての民族の子(上・下)』、『足跡』、そして07年に『ガラスの家』を発表し、4部作(プラムディヤ選集2~7)全6冊の翻訳を完結させた。

小説の舞台は19世紀末から20世紀初頭の、まだ「インドネシア」という名称のなかった時代のオランダ領東インド。日本の台頭やフィリピン、中国の民族運動など大きく揺れ動くアジアの中で、オランダの植民地支配に抗し、一つの国を作り上げようとする人々の苦闘、希望などが、歴史の細部をうがつようにして描かれる。2800ページを超える長編だが、読み始めれば引き込まれること請け合いという。

翻訳中は七転八倒の苦しみを味わったが、それを乗り越えて解放されたときの喜びはなにものにも替え難い。長大な歴史小説であるため、その背景など細かい知識を要求された。また、校訂の作業も必要で、「20年かけて」というより、「20年かかったというのが正直なところ」。

89年3月、プラムディヤと彼の自宅で会う。喜んで迎えてくれ、「ようやく会えた」という実感だった。

「リスクは当然あった」

プラムディヤ自身も、元政治犯で当時のスハルト政権と鋭く対立していた自分を訪ねたことで、「研究者として、インドネシアに入国もできなくなるかも」と案じてくれた。

06年4月、プラムディヤは81歳で他界。オランダの植民地時代から日本軍政期、独立戦争、新国家建設、スカルノ時代の政治的経済的混乱、独裁的なスハルト時代、そしてその後の民主化。その全てをみずから体験し、小説に描いてきた偉大な作家。「ひとつの時代が確実に終わった」と感じた。

「この4部作の翻訳を完成させないうちは死ねないと本気で思っていた」と笑う。

これまで欧米文学に偏ってきた同賞の研究・翻訳部門にとって、アジアの現代小説の翻訳への授賞は初めて。「東南アジアにもこんなすばらしい文学があると知ってもらうきっかけになればうれしい」と語った。

1948年、宮崎県生まれ。00年国際文化学科主任、04年4月から08年3月まで国際関係学部長。現在副学長。

(2008年4月)

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