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国際文化学科の片岡弘次教授が、ウルドゥー文学の翻訳と日本でのウルドゥー語の振興に寄与したことが評価され、パキスタン・イスラム共和国から「シターラ・エ・イムティアーズ(輝ける星)勲章」を受章されたのを受けて、27日東松山校舎で祝賀会が開かれた。片岡教授は建国記念日の3月23日に首都イスラマバードの大統領府においてザルダーリー大統領からメダルと賞状が手渡された。
大統領からメダルを手渡される
渡部学長は「私も翻訳を経験しているが翻訳というのは苦労が多い割には報われにくいコツコツと積み上げていく地道な作業であります。それだけにこの叙勲というのは快挙であり、ご本人はもとより大東文化大学にとっても大変な喜びであり名誉であります。これからも健康に留意され、ますますご活躍されますことを祈念いたします」とお祝いの言葉を述べた。
片岡教授は「多くの皆様のご支援によってこうした場に立つことが出来ました。国際関係学部の取り組みである現地研修などをを通して、パキスタンにおける大東文化大学の認知度は高まっています。これを鑑みると今回の叙勲も大東文化大学教職員、学生からの後押しが大きかったのではないかと思います。さらに毎年秋口に本学で開く詩の会には全国のパキスタン人が駆けつけてくれ、学生の前でパキスタンの歴史と伝統に則した会を見せてくれ、学生も実際に体感できるのを楽しみにいます。こうした感謝をパキスタン建国の父であるイクバールの詩を日本の方々が読みやすいように翻訳して恩返ししていきたい」と抱負を語った。
イムティアズ・アハマド駐日パキスタン大使館公使より授与式の写真を受け取る片岡教授
渡部学長あいさつ大東文化新聞4月号インタビュー記事より
昨秋パキスタン政府より「シターラ・エ・イムティアーズ勲章」叙勲の知らせを受けると、戸惑いやうれしさの入り混じった不思議な気持ちになった。パキスタンで民間人が受ける最高の栄誉と聞いていたからだ。
「人生とは異なもの。ウルドゥー語で落ちたものが、ウルドゥー語でメダルとは」
1964年東京外大インド・パキスタン語学科入学。専攻語のウルドゥー語で落第。2度目の2年生の時、いつも通り遅れて教室に入り、後ろの席で短編小説の訳の授業を聞いていると、主人公が私ではないかと思う程、自分に似ている。口の不自由な片思いの主人公に自分の姿が重なり、その先の話が翌週の授業まで待てなくなった。そこで初めて辞書を引いて読み、これが自分からウルドゥー語を勉強するきっかけとなった。
大学院の時パキスタンに留学し、世界的に著名なファイズの詩に出合う。そんな時、たまたま書店で手にしたのがガーリブの本。中身は見ず、そのまま日本に持ち帰った。
ある日、ふと読むと難しいはずのカーリブの詩がなんとなく分かる。それは、古典中の古典「ガーリブ詩集」の注訳書だった。それからガーリブとの格闘が始まった、何十冊にものぼる大学ノートを真っ黒にしたが、世界で初めて「ガーリブ詩集」の全訳を出すことができた。知らぬ間に、二十数年がたっていた。
その間、学生に何を伝えてきたかと問われれば、胸を張れるものはなく、ただ「人のしないことをしよう」の一言だけだった。だが、今後も同じことを言い続けているような気がしてならない。
1941年、埼玉県生まれ。国際文化学科主任、国際関係学部長、国際交流センター所長などを歴任。
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