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2017年02月07日

中国学科山口准教授が和辻哲郎文化賞を受賞

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兵庫県姫路市が2月6日に和辻哲郎文化賞の受賞を発表し、文学部中国学科山口謠司准教授が著書『日本語を作った男:上田万年とその時代』(集英社)で一般部門受賞に輝いた。
授賞式は3月5日に、姫路市市民会館大ホールにて行われる。

 

姫路文学館HP
和辻哲郎文化賞
第29回和辻哲郎文化賞

 

選評

梅原 猛

戦後、日本は、爵位制度の廃止、農地改革をはじめとするアメリカの占領政策による近代化に成功したが、その成功の要因の一つに、話し言葉と書き言葉を統一した国語の成立があった。このような標準日本語の基礎原理を作ったのは上田万年という言語学者である。
上田万年は女流作家、円地文子の父として知られるが、一般にはあまり知られていない。この万年を、日本語を作った男として、彼がいかにして日本語作りを進めたかを丹念に論じたのが山口謠司氏の著書である。
万年は若き日、留学したドイツで、近代語であるドイツ語やフランス語が決して自然にできたのではなく、いろいろな歴史的伝統を背負いながら、国家統一のために新たに作られた言語であることを認識した。そのような近代語の成立過程を学びつつ、現在の国語、日本語を作り上げたのである。
東京帝国大学の教授に任じられ、文科大学学長、国学院大学学長を務めた万年は、文字通り言語学者としての成功者である。それも所以であろうか、大きな功績がありながら、万年の人生を克明に論じた書物はこれまで皆無に近かった。そのような万年に対する不当な扱いに山口氏はいささか慨嘆を覚え、この実に詳細な万年伝を書いたのであろう。
この書には実に多面的な万年像が描かれる。彼は唱歌編纂に貢献したり、自ら都々逸を作って唄ったりした多才な学者であったという。
またそこには、国語、日本語の成立に漱石の作品が甚だ大きな役割を果たしたという多少大胆と思われる学説が語られている。そのような新説に疑問を投げかける論者もいるようであるが、私はその大胆な説の提示を含めてこの作品を評価したい。

 


山折 哲雄

上田萬年といえば明治の国語学者で、女流作家、円地文子の父親といったぐらいのわずかなことしか私は知らなかった。その人物が、明治近代の国づくりにあたって重要な国字国語改革をすすめ、何よりも「言文一致」運動のために奮迅の活躍をした先駆者であることを教えられて驚いた。豊富な資料を自在にこなし、広角レンズの探索眼によって興趣つきない物語に仕上げている。
東京帝国大学でお雇い外国人チェンバレンに言語学を学んで、ドイツに留学。帰国後は文芸界、学会、官界の人脈をめぐって新旧入り乱れての論議をまきおこす。そのウラ、オモテの展開の跡を生き生きと再現して、飽きさせることがない。
たとえば、国会の開設にあたり速記が採り入れられ議事録がつくられたが、その語り口が落語界の名人、三遊亭円朝の「牡丹灯籠」の速記と連動し、言文一致運動への大きな刺激になったという。一方、森鷗外が歴史的仮名づかいを盾に萬年らの運動に嫌味な横槍を入れたのにたいし、夏目漱石が「吾輩ハ猫デアル」を書いて新しい時代の流れをきめたといい、両者を対比しながら大局を浮き彫りにするまなざしもいきとどいている。加えて日清、日露の戦争をへて徴兵制と国語の統一がセットにされていく事情も明らかにされ、さらに明治につくられた小学唱歌と大正期に勃興する童謡や童話が言文一致の運動に及ぼした影響の大きさなどにも言及している。上田萬年の竹馬の友が樋口一葉を発掘した文人、斎藤緑雨であり、それが縁となって文学に開眼し、後年の活動の端緒になったというのも面白い。
最後に著者は、少女のころの円地文子が父、萬年とともに上野公園を散策した時の想い出にふれている。父は「太い樹の幹」のような人だったとふり返っているが、昭和五三年に新潮社から出された「円地文子全集」では、全巻にわたり新字体、現代かなづかいの表記法が採用されているという。それは父、萬年にたいする娘の熱い尊敬と慕情に発するものだったのであろう。

 


阿刀田 高

たとえば『源氏物語』、あるいは『奥の細道』、古い時代の日本語と、現代の日本語には歴然たる差異がある。読み書きされる言葉とはべつに、聞くこと話すこと、さらに言語を取り囲む風俗習慣に立ち入ってみれば、さらにこの差異は多様であろう。
もちろん現代の日本語の中にもいろいろと差異はあるのだが、とにかく一応のスタンダードと目される日本語は実在しているし、ほとんどすべての日本人その他が、これを享受していることは疑いない。
遠い日の、スタンダードを見出しにくい日本語から、どうやって今日のスタンダードが作り出されたか、山口謠司さんの『日本語を作った男』は、その中軸となって働いた上田万年をこの国の近代化の中において多角的に捕らえた痛快な力作である。
活動が多岐にわたっているから、次から次へとエピソードが紹介され、一つ一つが意味深く、おもしろい。チェンバレンの示唆、円朝噺の速記、日本語二〇五音説、斎藤緑雨とのやりとり、頭の堅い森鷗外、いろは順かアイウエオ順か、P音の発見、文部省唱歌の功績、漱石の『猫』などなど、あるときはしかつめらしく、あるときはジョーク混りに綴られ、その根幹に〝日本語を作ることが国家を作ることである〟という理念があって、着実に実現されたことがわかる。ややこしい公文書の引用に混じって、たとえば、
「筆は一本、箸は二本、衆寡敵せずと知るべし」と叫ぶ緑雨に万年が答えて、
「そうだ。しかし文学ほど素晴らしいものはない。ゲーテを見よ。蘇東坡(そとうば)を見よ。西鶴(さいかく)を見よ。箸で食ったものは、食った途端に何を食ったか忘れてしまうが、筆は、数百年の名を残すことができるのだ」
さながら〝見て来たような〟記述もあって読みやすい。
グローバル化が叫ばれ、英語の学習がどれほど有用となっても、私たちには日本語を基盤として生きることが肝要であり、これが第一義なのだ。その成立をたどるものとして本書は尊く、示唆に富んでいる。総花的で結論が見えにくい、という感想もありうるだろうが、現代の日本語、それこそが本書の結論と言ってもよいだろう。

 

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