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研究部会

コミュニティ教育学の展望をひらく
「コミュニティ教育学研究」


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研究班代表
上野 正道

近年、教育や学習の分野で、コミュニティの役割が注目されている。そのひとつは、学習を個人の営みとして考えるあり方から、社会的、文化的な営みとして、他者とのかかわりやコミュニケーションを重視する仕方へと転換してきていることがあげられる。知識の量、効率性、スピードが強調された産業主義の時代から、その質、意味、デザインを重視する知識基盤社会への移行に伴い、教育と学習を広くコミュニティとコミュニケーションのなかに位置付け再定義していくことが求められているのである。

たとえば、先日、私が見学した中学校で、現在もっとも力を入れて取り組んでいるのは、「コミュニケーションデザイン教育」である。その学校では、「コミュニケーション」をひとつの教科として設置する動きを加速化させている。また、別の学校では、「学びあうコミュニティ」を中心課題にして、学校改革にとりくんでいる。こうした一連の動きは、教育と学習を既存の学校空間のなかに押しとどめるのではなく、施設や工房、地域、図書館や美術館、博物館、大学といった公共機関との連携をはかり、新たな協働活動の結び目(「ノットワーキング」)を生む実践を開いていく課題をも要請している。

一方で、近年では、教育と学習の成立基盤となる子どもの環境をめぐる問題も深刻になってきている。とくに、社会の貧困問題や格差問題に象徴されるように、コミュニティのなかで弱くヴァルネラブルな存在である子どもの環境に、さまざまなひずみと歪みが生じている現状は、見逃せないものである。わが国においても、厚生労働省によって2007年の相対的貧困率が15.7パーセントに達していたという調査が公表されている。実際、東京都でも、就学援助を受けている家庭の割合が25パーセントになる状況のもとにある。とりわけ、母子家庭や父子家庭をめぐる環境は、深刻な状況に置かれている。実際、昨年、私が訪問した都内のある小学校のクラスでは、児童11人中8人が母子家庭であるという学校があった。印象的なのは、その学校の子どもたちが、家庭や地域で傷つきながらも、つとめて明るく互いに支えあい学びあっている姿であった。貧困家庭の子ども、離婚家庭の子どもだけに限らず、障害のある子ども、虐待された子ども、外国人児童などに対して、社会やコミュニティがどのように引き受け対策を打ち出すのかは、考えるべき喫緊の課題になっている。

コミュニティとコミュニケーションを重視する教育と学習の動向は、こうした問題に対するひとつの処方箋を提示しうるのだろうか。知識基盤社会の到来といわれる現代の情勢のなかで、子どもたちの将来をどのように見据えるのか。教育に対する地域の役割、家庭の役割、社会の役割、企業の役割、政治の役割を、どのように受けとめ考えていくのか。ヨーロッパやアメリカ、アジアの他国では、どのように対応し実践しているのか。こうした事柄について、研究テーマに据えて真剣に考察していく必要性がますます高まってきているのである。

本研究班では、そのような教育や学習にかかわるさまざまな問題を、コミュニティ教育学研究という観点から引き受け、個々の研究員が専門とするそれぞれの分野からアプローチしていくことを心がけている。とりわけ、本研究班の研究員は、ヨーロッパやアメリカ、アジアなど、それぞれに多様な地域をフィールドにもっており、それらの研究成果を交換することによって、教育と学習に対する新たな展望と未来像を描くことを目指している。

今年度の活動としては、田尻敦子研究員、齋藤友介研究員、呉栽喜研究員、イ・クトゥット・ブディアナ兼任研究員、平山修一兼任研究員、柏木恭典兼任研究員、若槻健兼任研究員、上野正道研究員がそれぞれ資料の収集や調査などを行い、研究を進めてきた。研究主題としては、インドネシアにおける学校と地域に関する研究(田尻)、人工内耳装用児における言語・リテラシー研究の動向(齋藤)、母子貧困家庭の支援に関する研究(呉)、バリ島におけるノンフォーマル教育とフォーマル教育の相互作用(ブディアナ)、ブータンにおける国民総幸福度(GNH)の概念と開発の関係性(平山)、離婚家庭の子どもの援助にかかわる研究(柏木)、市民性教育に関わる研究(若槻)、コミュニティ教育の実践的研究(上野)などである。また、4月には、バリ島よりブディアナ研究員を招き、平山研究員も大学に来て頂いて、教育学科研究スペースにて、セミナーを開催するとともに、今後の方向性について協議した。さらに、11月の人文科学研究所研究報告会では、呉研究員が研究成果の報告を行った。個々の研究員の研究成果については、今年度の『人文科学』の紀要にも投稿された。

これらの研究活動をもとに、次年度は、さらに積極的な成果の交換と交流を図り、コミュニティ教育学研究に新たな知見をもたらすことに貢献したい。


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