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研究部会

松川二郎のビアトリクス・ポター
作品解釈について


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三上紀史 / 田仲勉 / 河野芳英(代表)



ビアトリクス・ポターが語られるとき、スコットランドやカンブリア地方との関係が色濃くなることが多いが、ほぼ完全に湖水地方のソーリー村に住まいを移す1913年(ビアトリクス47歳)まで、彼女の生活の中心はロンドンだった。それゆえに、ポター研究には、この周辺のフィールドワークは必須である。

2009年7月11日、当研究班の河野芳英研究員が短期海外研究員として、オックスフォードに滞在していた関係で、「英国・ビアトリクス・ポター学会」主催の「ビアトリクス・ポター:ロンドン・ウォーク」に参加することができた。当日のコーディネーターは、「ビアトリクス・ポター学会」の中心的人物であるフィリップ・プライス氏。集合場所はヴィクトリア&アルバート博物館の玄関口、約40名の会員が参加し、4時間ほどのフィールドワークをした。目的地に到着するごとにプライス氏の詳しい説明があり、参加者はメモを取りながら、その解説を熱心に聞き入ることになった。終了後、スローンクラブで、プライス氏が作成したパネル展示を見学しながらのアフタヌーン・ティー・パーティが開催された。

行程は以下のとおり。これまで解明されていなかった新たなビアトリクスゆかりの場所も含まれていたことは、特筆すべきことがらである。この報告書が、ロンドンを訪れる日本のビアトリクス・ポター研究家・愛好者の一助になれば幸いである。なお、それぞれ、その場所の写真や資料などを入手してあるので、それらは今後の論文、講演、研究発表、大学での講義などで活用する予定であることを付記しておく。




  1. ヴィクトリア&アルバート博物館(Victoria and Albert Museum):当時の名称はケンジントン博物館。博物館の「服飾品コーナー」で、ビアトリクスは『グロースターの仕たて屋』の挿絵に最適なチョッキを見つけ、何日も通って、デッサンをした。

  2. 自然史博物館(The Natural History Museum):ビアトリクスは、しばしばここを訪れ、昆虫、キノコ、化石などのデッサンをした。

  3. 64 Queens Gate:ビアトリクスの祖父母、エドマンド、ジェッシー・ポター夫妻は、1863年、プリンス・ガーデンズから、ここに移り住んだ。

  4. Queens Gate Place Mews:エドマンド夫妻の厩うまやがあった場所。

  5. Gloucester Road Station(地下鉄):ポター家の家族が、徒歩、馬車以外で、ロンドンのシティにゆくとき、この地下鉄の駅を利用していたと推測されるとのこと。

  6. 1 Bolton Gardens / 3 Bolton Gardens:二番地のポター家などを含め、すべて1940年10月10日のドイツ軍の空爆によって消滅。現在はバウスフィールド(Bousfield)というプライマリー・スクールになっている。一番地には、サー・ルイス・マレットとその家族が住んでいた。マレットはビアトリクスの父、ルパートをロンドンの著名文学者、学者、有識者で構成される「アセニーアム・クラブ」の会員になることを強力に推薦した人物。また三番地には、弁護士のハーバート・ソーンダーズ一家が住んでいた。

  7. 2 Bolton Gardens:ビアトリクスの生家。この二番地があった場所は、現在、学校の多目的野外ステージとなっている。学校の塀にはビアトリクス・ポターの生家であることを示す記念ボードがはめ込まれている。

  8. 28 The Boltons:ビアトリクスが親しくしていたジョン・パジェット一家が住んでいた。ビアトリクスは、パジェット家の長女エリザベスから「ザンジバルのサルタン」と呼ばれていたテンジクネズミを貸してもらい、スケッチした。

  9. 4 Bolton Gardens Mews / 11 Bolton Gardens Mews:ボールトン・ガーデンズ二番地のポター家の裏側にあるボールトン・ガーデンズ・ミューズの四番地と十一番地の家は、ポター家の使用人たちの住居であった。

今回の「ビアトリクス・ポター:ロンドン・ウォーク」で訪問できなかった場所へは、その後、暇を見つけては個人的にフィールドワークをした。他にもまだあるが、それはまた後日の話題とする。上記のものとあわせて、ビアトリクス・ポター研究家・愛好者の方々にとって参考になれば、幸いである。




  1. Princes Gardens:クィーンズ・ゲート六十四番地に引っ越す1863年まで、エドマンド・ポター夫妻が住んでいた家。

  2. 20 Kensington Palace Gardens:ビアトリクスの(母方の)祖父ジョン・リーチの住居。綿織物と信仰宗教の関係から、ビアトリクスの祖父エドマンドと親密な友好関係があった。

  3. Lincolns Inn:ビアトリクスの父ルパートが弁護士になるために勉強した法学院。

  4. 8 New Square / 3 New Square:ニュースクエア八番地は、ルパートが法学院を卒業し、最初に仕事を始めた事務所、その後、三番地を事務所として賃貸した。

  5. Upper Harley Street:ビアトリクスの両親は、マンチェスターのジー・クロス・チャペルで結婚し、新居をこの場所に構えた。

  6. Uxbridge Road:この通りのペット店で、ビアトリクスは「四シリング六ペンスという法外な値段」で、生まれて間もないウサギを購入し、ピーター・パイパーと名付けた。

  7. 51 Minster Road:ビアトリクスの元家庭教師のフローリー・ハモンドが、住んでいた家。

  8. Baskerville Road:ビアトリクスの元家庭教師のアニー・ムーアが結婚し、長男ノエル・ムーアが生まれたあと、住んでいた家。ビアトリクスはしばしば、ムーア家の子どもたちに会いに出かけた。

  9. Tower Street(現在は、Cambridge Circus):『ピーターラビットのおはなし』の私家版の印刷を依頼した「ストレンジウェイズ・アンド・サンズ」があった。

  10. London Zoo:ビアトリクスは『りすのナトキンのおはなし』のブラウンじいさまの挿絵のために、動物園のフクロウをスケッチした。またノエル少年へのお見舞いの絵手紙に、この動物園のキリンやゾウのことを書いている。

  11. St. Mary Abbots Church(The Parish Church of Kensington):1913年10月15日、ウィリアム・ヒーリスとビアトリクス・ポターが挙式した教会。

  12. 58 Doughty Street:ベッドフォード・スクエア八番地に引っ越す1869年まで、ウォーン家が住んでいた家。

  13. 8 Bedford Square:『ピーターラビットのおはなし』を始め、ビアトリクスの24作品すべてを出版したフレデリック・ウォーン社のウォーン家の実家。フィアンセのノーマン・ウォーンはこの家で逝去。当時、オフィスはストランド・ストリートのシャンドス・ビルにあったが、現在のフレデリック・ウォーン社(ペンギン・ブックス)は、ストランド八十番地にある。

  14. Highgate Cemetery:ウォーン家の墓のある墓地。ノーマン・ウォーンもここに埋葬されている。

  15. Blackheath:ビアトリクスが特にかわいがり、ミニチュア・レターを送っていた少女キティ・ヘッドフィールドが住んでいた家。

  16. Stamford Hill:『きつねどんのおはなし』の後日談を質問したハロルド・ボッチャービーが住んでいた家。ビアトリクスは、この六歳の少年にていねいな説明の返事を書いている。


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