『大東文化大学経済論集』第75号(大東文化大学経済学会・1999年8月)所収
--転換する世紀と社会科学像の原理的転回--
(要旨)
山本孝則・篠原 章
やがて幕を閉じようとしている20世紀が、人類史上他に類例を見ない<繁栄と破壊>をもたらした世紀であるとすれば、来るべき21世紀は、<繁栄の20世紀>によって「破壊された環境」の再構築が問われる<環境の世紀>と呼ぶにふさわしいものとなろう。<繁栄と破壊の20世紀>とは、社会経済システム、自然生態系および人間生活を疎遠に分裂させた世紀に他ならなかった。公害・地球環境破壊、雇用不安に代表される社会経済システムの深刻な動揺、個人としての人間の主体性の喪失などは、その最も基本的な指標である。
(改行=紙面を考えて読みやすくするため)<環境の21世紀>の人類史的課題は、相互に分裂したそれら三契機を人間生存環境として再統合することにあるが、20世紀社会科学はそのための知の枠組みを必ずしも保証するものではない。なぜならば、20世紀社会科学は様々な知の<バリア>を置くことによって初めて成立しえたからである。即ち、<環境の21世紀>は、もはやこのような<バリア>に守られた社会科学のあり方、換言すれば、主体と対象の分離、理論と政策の分裂、教育と研究の乖離を前提とした社会科学のあり方に根本的な転換を迫る世紀とならざるをえないのである。主体と対象の相互作用ないし循環関係(リサイクル)を基軸として、総体としての人間生存環境の再構築に主体的に取り組むことのできる新たな社会科学体系のみが、<環境の世紀>においては明確な社会的存在意義を主張することができるのであって、われわれは、かかる課題に応えることの出来る社会科学体系を「環境創造学 Social-Human Environmentology」と呼ぶのである。
ここで言う「環境創造」とは、一般的には「主体としての人間の生存環境の構築」であり、現代に引き寄せて言えば「持続可能な循環型社会の構築」に関わる人間の営為である。それゆえ、環境創造に関する学である環境創造学とは、人間生存環境の諸問題と諸原因を<環境原理>の立場から明らかにするとともに、持続可能かつ制御された人間生存環境を創り出すための、社会的諸条件を探求する実践的社会科学である。環境創造学を基礎づける<環境原理>とは、外界(外的対象世界)を認識主体たる人間自身の「環境」として捉え直し、外界に関する対象認識を考察主体自身の自己認識へと変換する認識原理であり、存在世界を単に「意識とは独立に存在する客観的世界」と捉える<外界原理 >に対置されるものである。
<外界原理>の立場から社会認識を様々なバリアの中に封じ込める在来社会科学に対する、<環境原理>の社会科学--環境創造学--の特徴として、次の五点を挙げることが出来よう。
(1)【環境創造学は理論的社会科学である】
環境創造学は、人間の生存環境である社会の普遍的構造(全体構造)を認識対象とするという意味で、理論的社会科学である。
(2)【環境創造学は、<環境>形成に関する主体的価値判断を含む実践的社会科学である】
<環境>とは主体たる諸個人と外界全体との相互作用の所産であるがゆえに、外界を<環境>として把握すると言うことは、外的対象への意志的作用に関する主体的価値判断を含まざるをえないからである。
(3)【環境創造学は、自然的質料(使用価値ないし利用価値)に関する社会的価値判断を組み込んだ政策科学である】
真の循環型社会経済システムの構築という価値規範を積極的に掲げるという意味で、環境創造学は価値判断から出発する社会科学であるが、この価値判断には既存社会科学が回避してきた「使用価値」に関する判断が含まれる。
(4)【環境創造学は理論と政策の統合を可能とする社会科学である】
<外界原理>に依拠した社会科学では「理論と政策」の分裂が日常化していたが、「環境原理」に基づく環境創造学では、必然的に「理論と政策」は統合され、これらは一体のものとして扱われることになる。
(5)【環境創造学は学問的・教育的「公共空間」を創造する社会科学である】
外界に対する認識を自己認識へと転換する営為を通じて、環境創造学は研究者間・学科目間のバリアを解消し、社会科学の研究・教育におけるバリアフリーの公共空間を提供する。
以上の五つの特質を一言にすれば、環境創造学は「人間生存環境のための社会科学」と要約することが出来るだろう。いずれ公表される環境創造学部カリキュラム案にも明らかだが、以上の特徴を有する環境創造学をもとに社会科学教育を組み立て直すと、従来の社会科学系学部のみならず、広く大学一般が抱え込んでいる研究・教育上の様々な困難を克服する展望が得られる点を、最後に付言しておきたい。
本文もくじ(参考)
I <環境の世紀>と20世紀社会科学の閉塞
II 環境創造学の核心:<外界>から<環境>へ
III 実践としての<環境創造>:そのプロトタイプ
IV 環境創造学の性格:社会科学像の原理的転回の諸相
V 社会科学像・社会科学教育を転回させるもの:時代、方法、精神