本 文
■跋文■
この草子、目に見え、心に思ふことを、「人やは見むとする」と
思ひて、つれづれなる里居のほどに、書き集めたるを、あいなう、
人のために便なき言ひ過ぐしもしつべきところどころもあれば
「よう隠し置きたり」と思ひしを、心よりほかにこそ、漏り出てに
けれ。
宮の御前に、内の大臣のたてまつりたまへりけるを、
「これに、何を書かまし。主上の御前には、『史記』といふ書を
なむ、書かせたまへる」
など、のたまはせしを、
「枕にこそは、はべらめ」
と申ししかば、
「さば、得てよ」
とて、賜はせたりしを、あやしきを、「こよや」「なにや」と、尽き
せず多かる紙を書き尽くさむとせしに、いとものおぼえぬ言ぞ多か
るや。
大方、これは、世の中にをかしき言、人のめでたしなど思ふべき
名を選り出でて、歌などをも、木・草・鳥・虫をも、いひ出だした
らばこそ、「思ふほどよりはわろし。心見えなり」と、譏られめ。
ただ、心一つにおのづから思ふ言を、戯れに書きつけたれば、「も
のに立ちまじり、人なみなみなるべき耳をも聞くべきものかは」と
思ひしに、「恥づかしき」なんどもぞ、見る人はしたまふなれば、
いとあやしうぞあるや。
げに、そもことわり、人の憎むを「善し」といひ、褒むるをも
「悪し」といふ人は、心のほどこそ推し量らるれ。ただ、人に見え
けむぞ、ねたき。
左中将、まだ「伊勢守」と聞こえし時、里におはしたりしに、
端の方なりし畳を差し出でしものしは、この草子載りて出でにけり。
まどひ取り入れしかど、やがて持ておはして、いと久しくありてぞ、
返りたりし。それより、歩き初めたるなめり。とぞ、本に。
(陽明文庫本)
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Copyright (C) 1997 Toshihiro Hamaguchi
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