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在学生・修了生からのメッセージ

OJT体験

柴田 美幸さん <2011年度入学>
柴田 美幸 さん柴田 美幸さん

大東の授業では通訳の理論から実践まで学ぶことができます。「通訳とは何であるか」という通訳理論を論文を通して学び、通訳演習の授業で通訳訓練をします。取り上げられる内容も様々、方法も様々です。先日は、ある先生にお願いし、授業でスピーカーになっていただき、前半を逐次、後半を同時で通訳しました。こうした点は録音された音声でひたすら通訳訓練を行う通訳学校とは異なる点です。後期に入ってからはOJTの機会も与えてもらえます。先日も、学内での講演に外国人の教授がスピーカーとして来て下さった際にOJTの機会をいただき通訳をさせていただきました。一度授業を離れた実際の現場で通訳をすると、授業で先生方がおっしゃっていたこと、自分の足りないところを痛感します。その講演の内容は江戸時代後期のある儒学者に関する研究発表だったのですが、私が得意とする分野ではありませんでした。これがまさに授業で聞いていた「通訳者とスピーカーの知識の非対称性」でした。通訳者は多くの場合、ある特定の分野を専門とする人の通訳をします。ですが通訳者はその分野の専門家でないことがほとんどです。この知識の差をできるだけ埋めるために事前準備を入念に行いました。畑違いの分野の事前準備をするのは想像以上に大変です。それまでの授業の予習とは準備の内容も緊張感も違いました。講演のスクリプトが届くまでは当然ながらどんな内容を話すのか未知な訳です。ですので私は当時の時代背景を少しでも頭に入れておくため、先ず本を2冊読みました。それからは先生にもご指導をいただきながら、当日までいただいたスクリプトの分からない点をできるだけなくす努力をしました。自分では目いっぱい準備したつもりでしたが、当日の通訳では思わぬ箇所でつまづき、逐語的で分かりにくい訳になってしまいました。これは授業で言われていた「通訳者はスピーカーになりきり、スピーカーの発言の意味を伝えなければならない」という教えに反する通訳でした。きっと聴衆も分かりづらい訳だな、と思われたと思います。この点は今回のOJTの私の反省点の一つです。
理想とする通訳ができるようになるまで道のりは決して短くはありませんが、通訳者として活躍されている先生方に教わることができ、時に厳しく、時に優しく、そして常に的確なアドバイスをしていただけるのは環境として理想的です。
1年はあっという間でした。あと1年、できるだけ多くを吸収して修了したいと思います。

クロスビー・キャサリンさん <2011年度入学>
クロスビー・キャサリンさんクロスビー・キャサリンさん

2011年12月14日、私たち受講生は、授業の一環としてOJTの機会を頂きました。それは近藤先生と交流のあるスチュアート・エアー氏の本大学で行われたオープン講演を逐次通訳することでした。講演のテーマは『国際企業における通訳・翻訳』で、私の卒業後の社内通訳者として活躍したいというヴィジョンと重なりました。さらに、私にとってエアー氏ご自身がトヨタ自動車で翻訳者・通訳者として勤められていたという経験談が貴重なものになると確信していました。当たり前ではありますが、エアー氏は翻訳・通訳者として英語と日本語に精通しており、それを目の当たりにして私自身の通訳者としての今後の課題が多いことにプレッシャーを感じました。
講演当日5日前、エアー氏がプレゼンテーションのアウトライン、そしてパワーポイントのスライドをメールで送って下さいました。クラスメートと一緒にその書類を拝見し、日本語・英語、二人でそれぞれの母語の知識を持ち合い、意見を交わしました。こういった日本人のクラスメートとの言語の知識の共有は私にとって大きな利点であります。そして迎えた講演当日、スーツ姿に身を包み、スクリーン、マイク等の機材準備、音声テストを行い、エアー氏を迎えました。講演直前には、講演者とアウトラインの変更点、内容に対する質問などについて10分ほどのミーティングを行いました。翻訳家である話者のエアー氏と近藤先生、そして学生の方々の前で実際に逐次通訳するのは神経がすり減るような感覚でした。その中でクラスメートと5分交代で逐次通訳をしました。観客の前での通訳は普段にも増して緊張感があったのですが、緊張しながらもいい意味で力になり、いつもよりいいパフォーマンスができました。これは、聴衆の前でベストを尽くしたいという気持ちがいい成果に繋がったのだと思います。プロ通訳者を目指している私たち学生にとって今回のOJTは貴重な経験になり、非常に役に立つ練習・訓練でもありました。

牧野 匡伸さん <2007年度修了>
牧野 匡伸さん牧野 匡伸さん

2007年9月、麗澤大学にて日本カナダ学会の研究大会の発表を一部通訳させていただく機会を与えられました。それまで、実務経験がほとんどなかったため、事前の準備から当日のパフォーマンスまで念頭に置いてきたことは、「間違いのない」通訳をすることでした。会議で頻繁に用いられる表現を実践の場で使い慣れていませんでしたので、出てくる英訳が表現の上でバリエーションに欠けるものになってくることは覚悟をしていました。しかし、誤訳だけは決してしないように準備を行いました。まず、会議の進行全般に関しては、どのような振られかたがされても対応できるように、会議専門の表現集の中から頻出する言い回しに対して最低でも1~2つ選び習得しておきました。また、自分がどの発表者を受け持つかは、先輩の通訳者より先に選ぶことが許されましたので、私にとって理解しやすいものを論文やウェッブサイトの情報をもとに選びました。これは、「内容が理解できて、はじめて通訳が可能である」という当通訳課程のモットーからです。そして、選んだトピックの背景的な情報を調べ、語彙リストを作り、発表者のできるだけ新しい論文をサイト・トランスレーションしました。当日のパフォーマンスは自分が予想していたよりも良かったと思います。このOJTで、発表内容に関しての十分な準備がいかに大切かを学びました。
また、大東文化大学の通訳プログラムを選んだ理由の1つは経済学研究科に設置されているということでしたが、経済学の授業を受ける中で、内容を精密に理解しようとする態度が養われたことが、通訳の際に必要になる発表内容の十分な下準備に繋がったと考えます。これからも、専門知識と表現力をバランスよく伸ばし、成長していきたいです。

修了生からのメッセージ

タイシャットン ワラヌシャさん <2013年度修了> 東京産業株式会社 Bangkok Office 、Sales Executive
タイシャットン ワラヌシャさんタイシャットン ワラヌシャさん

私が日本語と英語を真剣に学びたいと考えるようになったのは、タイの大学を卒業した後、日本の会社で働くようになってからです。英語は職場の共通言語でしたが、日本人の経営の方法と考え方をよく理解できるようになるためには、日本語の勉強が大切だと感じました。それで、日本に留学しようと思い、自分の仕事に役に立つことを教える大学を探しました。その大学が、大東文化大学でした。
大東文化大学研究科の通訳コースは、通訳の実習をしながら経済学を学ぶことができるシステムであり、他の大学院にはないユニークなコースです。会社で働いた経験を持っている自分にとって、ビジネス通訳実務では、経済の知識が非常に大切だと思います。
二年生になってから、学内での講演に外国人の教授がスピーカーとして来て下さった際にOJTの機会をいただき通訳をさせていただきました。講演の内容は女性労働と日本の経済成長との関係であり、興味深いテーマでした。通訳が終わった後、先生とクラスメートと一緒に自分の通訳している姿が映っているビデオを見て、意見を交わしました。先生からのご指導をいただき、自分の甘さに気付くことができ、様々な経験をして成長できたと思います。
卒業論文のテーマは「日タイ通訳者の通訳教育と就職市場の動向」であり、タイで働いている日タイ通訳者が立ち向かっている様々な問題と解決方法を述べている論文です。タイの通訳教育の進展は遅いですが、まだ改善の余地があって、将来性もあるということを皆に伝えたいという気持ちを持って、このテーマを選びました。
大東文化大学研究科の通訳コースに入ろうと決めた時、英語も日本語も母国語としない自分にとっては「英日通訳を勉強するのは大変だ」と思って、最初は心配していましたが、クラスメートと先生たちはいつも相談に乗ってくれています。私は卒業した後は、学んだ知識を生かして国際社会で活躍したいと考えています。

大島谷 真記子さん <2004年度修了> Honda Kaihatsu Kogyo USA, Inc専属通訳者
大島谷 真記子さん大島谷真記子さん

「通訳者になりたい」大東文化大学院通訳論研究指導の門を叩いた私はそんな夢を胸に抱いていました。しかし、通訳経験はもちろん海外在住経験も留学経験もなかった当時の私にはこれは夢のまた夢でした。
ところが、気がつけば母国から7000マイル離れたところで、毎日ヘッドセットをつけて会議で同時通訳をこなす自分がいます。私は現在、アメリカにあるホンダの製造工場で専属通訳・翻訳をしています。卒業後、予想外の紆余曲折の末、この地と今の自分に辿り着いたのですが、正直なところ、ここまできた自分に驚いています。
私の大東との出会いは、まさに暗闇の中の希望の光でした。入学前に、通訳学校で通訳入門コースを一期のみ受講したことがありましたが、ただ丸暗記をするだけでなぜ講師の通訳は生徒の通訳と違うのかという説明のないコース内容に行き詰まりを感じていました。そんな折、通訳専攻できる大学院の存在を知り、迷わず受験を決意したのです。
二校受験したのですが、その両方から合格通知を受け取り、難しい選択を迫られました。よく考えた末、大東を選択する決定打となったのは近藤正臣教授の通訳業界での影響力と経験の長さでした。近藤教授は、在学中も卒業後もいつでも親身に相談に乗ってくれ、的確なアドバイスで私の良い所を引き出してくれました。尊敬する良き指導者に恵まれ、あの時の選択は正しかったと今でも満足しています。
大東通訳プログラムは、通訳技術の向上と並行して通訳理論研究にどっぷりと浸かるというまさに私の求めていたものでした。意味の重要性と訳出の自然さを繰り返し教わること二年。いつしか訳出の良し悪しを見極める洞察力を身に付けました。この洞察力が、現在でも訳出向上に役立っています。
私の夢の実現に対する大東の貢献は計り知れません。二年間の実践演習と理論研究を通して、通訳者としてのキャリアに踏み出すための下準備をし、プログラム修了時には修士号を授かりました。この修士号が、「通訳界へのパスポート」として働き、積極的にスカウトされて競争率の高い業界への進出を果たすことができました。
最後に、大東から教わった大切なことで、将来の通訳学生の方々に是非伝えたいことがあります。夢は諦めなければ必ず実現します。頑張ってください!

リンダ・ヤオさん <2004年度修了> 国連食糧農業機関日本事務所
リンダ・ヤオさんリンダ・ヤオさん

大東文化大学大学院の通訳論研究指導へ入る前は、日本の県庁の国際交流課に勤務していました。当時、在日外交官・外国人の来客の同行通訳と翻訳をしていましたが、私はさらに通訳と翻訳の勉強と訓練を受けたいと思いました。また専門を持てれば通訳と翻訳のパフォーマンスを高めることができると思いました。しかし、外国人の私は自分に合った学校、また専門を持った通訳・翻訳プログラムがある大学院を見つけることが難しかったのです。
大東文化大学大学院では、通訳の実習だけではなく経済学の科目も同時に履修することができたので、非常に良かったと思います。通訳論研究指導での2年間は、多くの知識とスキルを身につけることができました。それは経済の知識であり、通訳と翻訳をするための関連資料探し方であり、また翻訳と通訳の実践訓練などです。私にとってとても貴重な経験でありました。
現在、国連食糧農業機関日本事務所で勤務しています。様々な仕事をしていますが、事務所が発行している月刊誌、雑誌、パンフレット、プレスリリースの翻訳と校正と編集が主な業務です。大東で学んだ経済の知識と資料調査と翻訳と校正のスキルを生かし私は自信を持って日々一つ一つの仕事を楽しみながら取り組むことができています。
大東文化大学大学院通訳論研究指導で通訳・翻訳の実習だけではなく経済学の勉強も同時にできることは、1つ大きなメリットです。将来的に国際機関への就職の道もあり、幅広い可能性を与えてくれるところだと思います。

オーレット 五月さん <2001年度修了> フリーランス会議通訳者
オーレット 五月さんオーレット 五月さん

大東文化大学に入る前から、通訳になりたいとは思っていました。そして色々な派遣会社に登録をして「通訳の仕事だけ紹介して下さい」とお願いしましたが、もちろん、経験も訓練も受けていない私の所に、通訳の仕事が入ってくる訳もありません。そこで学校を探しました。民間の通訳学校も考えましたが、どうせ時間とお金を費やして通うのであれば、大学院の資格が取れる大東文化がいいと思い、決めました。初めての同通ブースは近藤先生のご家族の話でした。内容が分かれば通訳ができると知った、いい経験でした。真面目に通訳の勉強をしたのはほとんどこの2年間だけでしたが、今ではフリーランスの通訳として、金融、IT、自動車、流通業界等で仕事をしています。通訳には向いていないと言われて挫折しそうな時もありましたが、絶対に通訳になるという信念だけは持ち続けました。

木村 綾子さん <2000年度修了> フリーランス会議通訳者、大学講師
木村 綾子さん木村 綾子さん

私は、「大東文化大学大学院経済学研究科通訳論研究指導」には、以下の特徴があると考えています。
第一点は、プログラムの名称を見れば一目瞭然なことですが、この課程が経済学研究科の中にあること。およそ通訳の対象になるもので、経済と無関係のものは皆無といっても過言ではありません。私は学部の専攻は文学系で、経済学についてはずぶの素人でした。私が大東を受験した当時は、経済学も必須試験科目でしたので、受験を決意した7月から受験までの約三ヶ月間、付け焼刃ながら必死で経済学の勉強をしました。「XXでもわかる経済学」というような超入門書から始まって、ある程度専門性の高いものまで、何冊も経済学の本を読み、ノートを取りました。
入学後も、必須単位としていくつか経済学の授業を受講しました。また、1年の春休みに、スティグリッツの経済学の教科書の原書を最初から最後まで自力で読み通すということをやりました。経済の基礎的な理論も理解していないようでは、通訳を必要とするようなインテリの方々の思考回路には到底付いて行けないのではないか、と考えたのです。
また、修士論文はノーベル経済学賞受賞者であるアマルティア・センに関する考察を書きました。当時より漠然と「世のため人のためになるような内容の通訳をしたい。例えば、国際協力や環境問題など…。」と考えていたのですが、それなのに開発経済学を全く知らないようではお話にならないと考えたことがひとつ目の理由。ふたつ目は近藤先生が常々「よい通訳者になるには、理路を理解することが大事であるが、それには修士論文レベルの文章を自分で書いた経験があることが役立つ」とおっしゃっていたことです。近藤先生は開発経済学の教授でもあるのですから、その方の指導を受けない手はありません。
このように経済学の勉強を2年間じっくりと行ったことが、現在の自分の基礎となっていると考えております。
二点目は、在学中および修了後もOJTの機会に恵まれたこと。在学中のOJTで最大のものは、大東大で開催された「日本カナダ学会年次総会」の日英同時通訳で、当プログラムの先輩である渡部さんと組ませていただきました。正式な会合での通訳は、あれが最初の経験でした。その後も、東京で開催されるときは通訳を担当させていただいております。近藤先生とも、修了後、何回か組ませていただいく機会に恵まれました。普通の通訳エージェントであれば、近藤先生のような大御所と私のような駆け出しを組ませるなど、到底考えられないことですが、当プログラムの修了者ということで、このように貴重な経験をさせていただいております。
三点目は、二点目とも関連することですが、人脈や仕事の広がりです。修了後、近藤先生がよくご存知の業界最大手のひとつであるエージェントに登録をさせていただきました。そこの業界の重鎮と目されているシニア・アドバイザーの方と近藤先生が懇意にされているご縁で、このエージェントがK外語大学のエクステンション・コースの講師を出すときに、私にお声がかかり1年半講義の担当をさせていただきました。また、同じシニア・アドバイザーの方の監修された出版物(『プロが教える英語の勉強法』(法学書院)に共同執筆者のひとりとして参加させていただいております。
また、現在、大東大法学部および経済学部の非常勤講師を務めておりますが、これも当課程を修了したお陰であると感謝しております。

阿部 佳那子さん <1997年度修了> ノキア・ジャパン、エンジニアリングマネジャー
阿部 佳那子さん阿部 佳那子さん

通訳論研究指導の課程を修了してから、早いもので、もう10年が経ちます。
主な志望動機は、近藤先生をはじめ、通訳業界の第一線で活躍されている先生方に指導を受けられること、経済やビジネスを題材にした通訳技術が学べること、また、大学では英文学専攻だったので、ここで経済学をきちんと勉強しておきたいと思ったことなどです。
プログラムの中では、日英通訳技術を学ぶことはもちろん、通訳・翻訳論を教わり、関連の文献を読みました。それまで民間の通訳学校では、訓練のみで、通訳を学問として捉えたことはなかったので、新鮮でした。
また、通訳ブースに入って、同時通訳訓練ができたことは、かなり大きな体験でした。民間の学校では、同時通訳の訓練の機会はなかなか与えてはもらえなかったし、また、当時ここまで設備の調った学校は少なかったと思います。
そして、経済学を大学院という場で、密度の濃い少人数で学べたことも、何ものにも代え難い経験です。
現在は、外資系企業で正社員として働いています。通訳者としてではありませんが、マネージメントポジションにつけるようになったのは、やはり通訳論研究指導で学んだことが役立っています。英語力はもちろんですが、コミュニケーション力や、効果的な方法、ネットワーク作りなども、身についたと思います。また、部署はR&Dですが、予算やコスト管理なども仕事の一部になり、経済学を学んだことが役立つ場は数知れません。
最後になりましたが、プログラムの内外で多くの素晴らしい教授や友人に出会えたことは、かけがえのない宝物です。これから学ぼうとされている皆さんも、技術や学問だけでなく、学生生活を楽しく、有意義に送っていただきたいと思います。

渡部 富栄さん <1997年度修了> フリーランス会議通訳者、大学院講師
渡部 富栄さん渡部 富栄さん

大学院在学中、講師のAntje Witzel先生のノートテーキングは驚きだった。ヨーロッパの通訳教育の実際は日本であまり知られていないけれど、ジュネーブ大学とハイデルベルグ大学大学院を出ていたAntje先生を通じて、それに触れることはできたのは幸運だった。以前通った通訳学校では、「通訳ノートのとり方は、自分で工夫して作り上げていけばいい」としか説明されていなかった。Antje Witzel先生からは、左サイドに縦線を引いて接続詞を必ず書いて、シンボルや記号を駆使していくと指導された。のちに、ウィーン大学の松山さんからハイデルベルグ大学のHeinz Matyssekの方法だと聞かされた。ヨーロッパで4分の1ぐらいの通訳者がこの方法でやっているらしい。ここでのポイントは左サイドのラインやシンボルを使うことではない。構造明示と省力化というノートテーキングの二大原則が最初にしっかり教えられたことだ。
シンボルは概念(意味)の把握を表す。意味を把握し構造を再現していくという通訳の基本理念がノートテーキングの学習で示されたのだ。この学習が後に、旧から新への情報の流れを押さえ、話の展開を見通しながら、論理構造と強調点の再現を工夫する訳出の醍醐味に気づく一助になった。卒業後、私は講師もすることになったが、この情報の流れと話の予測、それと論理構造と強調点の再構成は、授業で常に一番強調しているところだ。以前、民間の通訳スクールで私が教えた学生から時々、メールをもらう。当時まだ初心者だったある学生はГ最初にこれらのことを教えてもらってよかった。あのあと、他のスクールに行っても迷わなかったから」、すでに仕事についている学生はГ仕事が軌道に乗らなくて困っていたけどおかげさまでくるようになりました」と言っていた。
大学院の2年生になったら、ワークショップが繰返し行われた。ライブのフォーラムだ。通訳学校では教材といったら音声テープだったのが、大学院では学内の先生方のミニ講演や学生の課題の発表も通訳の教材になった。欧米の通訳大学院の実習方法を採り入れたやり方だ。最後は通訳マラソン。これは国際会議のテープを2日か3日間かけっぱなしにして、同通の訓練をするもの。本当にマラソンのごとく、終わったらへとへと。でも準備をして集中して取り組む貴重な訓練だ。これら授業方法は、私が教師になってから随分参考にさせてもらっている。
「経済」は、私自身、最初は日経新聞を読むのも大変だったような記憶がある。でも大学院では、理論経済学でミクロ経済を、あと金融、多国籍企業論、先日亡くなった末繁先生のケインズ講読などのクラスをとった。同級生の阿部さんは学部の経済学の授業も受けていた。阿部さんはスティグリッツを、吉田さんはサミュエルソンを読破していて、私は随分触発された。この経済学の勉強が、卒業後、通訳の仕事の中でどれだけ助かったか。例えば、仕事の数が多い、企業間の提携会議や交渉、企業内のグループミーティングから執行役員会に至るまでの会議では、財務を含めた経営の話になる。また、最近増えている外国人投資家やアナリストへのIR(投資家広報)も内容のかなりな部分が財務関連のことだ。
何年か前、初めてIRの通訳の仕事を受けたとき、正直、不安だった。外国人投資家は1時間の面談時間を有効に使いたい。ポイントを絞ってテンポが速い。でも、初回のIRの仕事が終わったとき、自分が受けた教育に自信を持った。大東で学んだ経済の知識で、内容に全く困ることはなかったからだ。今も時々、IRの通訳をする。業種はさまざま。電話帳のような量の資料が来て、短時間でスキミングして要点を頭に叩き込む。これも大学院でのリサーチの経験で、やり方自体、困らない。私が20歳代のとき、まさか40歳過ぎてこんな人生が待っているとは想像していなかった。このプログラムに巡り会ったのは、運命の神様に導かれたとしか思えない。言葉で言い表せないぐらい、大東には感謝している。

吉田 真理子さん <1997年度修了> 外資系生命保険会社
吉田 真理子さん吉田 真理子さん

卒業して10年が経ちました。この間、様々な業種、様々な企業で翻訳と通訳を続けながら、少しずつどのような分野が自分に合っているのかを理解していったように思います。未知の分野、業種に飛びこむたびに「意味を考えて通訳しよう」、「意味も判らずにただ機械的に言葉を訳しているだけでは言葉を冒涜していることになると思う」という近藤先生の言葉が思い出され、「これでいいのか。なんとかしなければ」と自問自答しつつ仕事を続けてきて、現在に至っています。
私がこの学校に入学をしたのは、社会人になってちょうど10年会社勤めをした後のことでした。入学をする1年少し前、偶然本屋さんで手にとった雑誌に本校開校の記事が載っていました。もともと人にサービスを提供することは好きでしたから、記事を読みながら、英語力を高めて人にサービスを提供したいと思い立ち、通訳者になろうとその場で決心した記憶があります。近藤先生がその記事の中で、専門分野を身につけたその分野に精通した通訳者を養成したいと書いておられた点にも共感を覚えました。
大東に通って最も良かった点はなにかと問われたら、私は迷わず、「自分の中にある日本に対する異文化の感覚を乗り越えることができたことだ」と答えます。それまでは、どちらかと言えば西洋の文化に囲まれた生活をし、子供の頃は海外で現地校に通い、高校も大学も基督教を基盤とした校風のもとでなんとなく日々を送った私にとって、正直にいえば、大東の文化風土は、はじめとても異質なものに感じられ、最初はなじみにくいものでした。
しかし、本プログラムでは、通訳のトレーニングを実践するクラスを受講することと併行して、経済学研究科の様々な分野のクラスを自由に受講することが可能でしたから、それぞれの専門を得意とする多くの先生方と出会う機会に恵まれ、それぞれの先生方の価値観に触れる経験をたくさんすることができたのです。それが、時に新鮮な驚きであったり、時に反論をしたくなったりする体験の連続で、その日々の積み重ねを通して、日本における考え方や価値観への理解を自分なりに深めていけたのか、やがて「これが日本人なのかも」と合点がいったのです。
通訳者となった今は様々な国籍の方々とご一緒に仕事をする機会がありますが、本校でのそうした経験のおかげで、以前のように日本側の主張が理解できないと葛藤を覚えたりすることもあまりなく、また、自分が通訳をしている場にいる関係者の立場についてよりいっそう想像力を働かせて仕事をすることができるようになったように思います。このような姿勢で日々の仕事に取り組むことができるようになったのも、大東での日々の体験が、日本という自分のルーツに気づきを与えてくれたからだと今では思っています。

修了後の進路

本課程を修了された方の主な進路実績は次のようになっています。

  • フリーランス会議通訳者、企業専属通訳者、翻訳者
  • 大学の通訳講座・通訳スクールの講師
  • 民間企業、外資系企業、国連など国際関係機関
  • DB PORTAL
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  • 情報公開
  • 教員情報検索
  • WEBシラバス
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