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その後どうなった⁉️阿武町特別給付金4630万円誤振込事件

2023.07.04 / 43,713PV

「阿武町特別給付金誤振込事件」とはどんな事件だったのか。

 

山口県阿武郡阿武町は、北長門海岸国定公園に面し、海岸線を走る「惣郷川橋梁」が鉄道ファンに人気の、静かで美しい町です。そんな阿武町が2022年4月、日本中の注目を浴びました。「特別給付金誤振込事件」です。皆さんも一度はこのニュースを目にしたのではないでしょうか。今回は法律学科 山本 紘之先生にお話を伺い、法律学の観点からこの事件を振り返ります。

Q1.「阿武町特別給付金誤振込事件」とはどんな事件だったのですか。

2022年4月、住民税非課税世帯に新型コロナウイルス臨時特別給付金として1世帯あたり10万円が給付されることになり、阿武町役場でも振込手続きを行っていました。その際、担当職員が対象世帯である463世帯分に相当する4630万円を、誤って被告人名義の口座に振込入金してしまいます。返還を求める職員とともに被告人は銀行に向かいますが、直後に翻意し給付金の返還を拒否。のちに山口県警により逮捕されました。
誤振込と知りながら、全金額を出金し、大部分をオンラインカジノで使ってしまったことが、電子計算機使用詐欺罪(刑法246条の2)にあたるとして起訴され、有罪(懲役3年、執行猶予5年)を言い渡されたという事件です。なお、弁護人が控訴したため、判決は確定していません。(2023年7月時点)

Q2.判決について解説をお願いします。

山口地方裁判所は、2023年2月28日に有罪判決を言い渡しましたが、それは「あなたが使えるお金ではないのに使ってしまったから罪に問う」というものではありません。判決内容について、以下の2点に注意する必要があります。
第一に、今回のような誤った振込の場合でも、法的には受取人にはひとまずそれを引き出す権利が生じるということです。これに関しては、かつて1996年に最高裁が下した判例があり、山口地裁もそれを前提に話を進めています。
第二に、それにもかかわらず誤って振り込まれたお金を利用した場合に罪に問う理由が重要となります。2003年に最高裁は、「銀行が紛争に巻き込まれることを避けるために受取人(今回の事件で言えば被告人)には誤った振込であることを銀行に告げる義務がある。それを怠って引き出した場合は人を欺いて金銭を得たので財物を得たと言えるから詐欺罪にあたる」としました。山口地裁は、これら最高裁の判例にならったものです。

Q3.今回の事件のポイントはどんなところですか。

着目すべき点は2点あります。
まず、先ほど説明した2003年の最高裁判例は、人を相手とする通常の詐欺罪(刑法246条)の事案であったのに対し、今回の事案はインターネットを介した電子計算機使用詐欺罪(刑法246条の2)であるという違いがあります。
つぎに、今回の事案は、2003年の最高裁判例の場合と異なり、銀行も誤った振込であることを知っていたということです。
山口地裁は、いずれの点も大きな違いではないとしましたが、そのように割り切れるものなのかと考えると難しい問題となります。電子計算機使用詐欺罪を適用するためには「虚偽の情報」を与えたと言える状況でなければなりません。勝手に他人の名前を入力したのであれば「虚偽」と言えるでしょう。しかし、今回はそのように明白な「虚偽」を行ったと言えるのか、という問題があります。また、銀行もすでに誤った振込であることを知っている以上、それを告げることに大きな意味はなく、「告げる義務」は認められないため、2003年の事案と同じように考えることは難しいという考え方も大いにありえます。

 

Q4.今回の事件では、マスコミ報道が過熱し被告人のプライバシーが晒されるなど、いわゆる「社会的制裁」も話題となりました。そういったことは判決に影響はあるものなのでしょうか?

有罪か無罪かの判断に、報道が影響を及ぼすことはありません。しかし、有罪判決となり刑の重さを決定する際に、被告人がすでに社会的制裁を受けていることが情状として考慮されることはあります。たとえば、「本件が実名報道されたことにより被告人が既に社会的制裁を受けていることなど、被告人のために有利に斟酌すべき一般情状も考慮した」という具合に判決文で述べられることがあります。ただ、今回の判決においてはそのようなことは述べられていませんので、判決にも量刑にも影響はなかったと言えます。

Q5.今後自分の口座に誤振込が発生した場合や、反対に自分が誤振込をしてしまった場合、どのように対処すればよいでしょうか

誤った振込をされた場合は、銀行を通じて返金することが一般的です。これを「組み戻し」と言います。自分の口座に誤振込が発生した場合は、その口座のある銀行に伝えましょう。自分が詐欺罪などに問われる可能性があるだけでなく、口座が犯罪に利用されている場合などもありえますので、誤振込に気づいたらすぐに銀行に相談してください。
自分が誤振込をしてしまった場合は、振込を依頼した銀行に組み戻しを依頼します。ただし、振込には、振込を依頼した銀行、依頼された銀行、その口座の名義人というように多くの関係者がいますので、手続きに時間がかかることもあります。複雑な手間を考えれば、そもそも誤振込をしないように気をつけることが重要です。

Q6.今回のような事件は、大学の授業ではどの分野として学ぶのですか

詐欺罪や電子計算機使用詐欺罪が成立するかという問題は、法律学科2年次の「刑法2」という科目で学びます。ただ、誤振込の場合の権利関係は「民法2」という科目で学びますので、今回のような事件はいわば複合問題です。実際に起きた事件を掘り下げて研究することはとても大切です。現実社会で起きた出来事を身近に感じることで、理解も深まります。法律を幅広く学ぶことは、社会を幅広く見ることにつながります。

【参考文献】
橋爪隆「(巻頭言)誤振込みと電子計算機使用詐欺罪」法学教室504号1頁
松宮孝明「阿武町誤振込み第一審判決」新・判例解説Watch 刑法No. 191

【関連条文】
刑法246条(詐欺)
人を欺いて財物を交付させた者は、十年以下の懲役に処する。

刑法246条の2(電子計算機使用詐欺)
前条に規定するもののほか、人の事務処理に使用する電子計算機に虚偽の情報若しくは不正な指令を与えて財産権の得喪若しくは変更に係る不実の電磁的記録を作り、又は財産権の得喪若しくは変更に係る虚偽の電磁的記録を人の事務処理の用に供して、財産上不法の利益を得、又は他人にこれを得させた者は、十年以下の懲役に処する

教員プロフィール

法学部法律学科 教授 山本 紘之

学歴
2001年3月 中央大学法学部卒業
2006年3月 中央大学大学院法学研究科博士後期課程単位取得退学

職歴
2007年4月~2010年3月 大東文化大学法学部法律学科講師
2010年4月~2015年3月 大東文化大学法学部法律学科准教授
2015年4月~現在に至る 大東文化大学法学部法律学科教授
2012年4月~2013年3月 ゲオルク・アウグスト大学(ドイツ・ゲッティンゲン)客員研究員

研究
刑事過失論
終末期医療と刑法
刑法と民法の関連

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