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2024年大河ドラマ「光る君へ」題字を揮毫した根本知さんに特別インタビュー

2023.08.07 / 56,934PV

大河ドラマの題字を大東文化大学卒業生が揮毫

 2024年に放送される大河ドラマ「光る君へ」の題字を大東文化大学卒業生の根本知さんが揮毫しました。

題字を揮毫することになった経緯から制作の裏側、大学生活で得たものなど、ここでしか聞けない様々なお話を伺いました。

根本知さん プロフィール

博士(書道学)。大東文化大学大学院博士課程修了(2013)。
2024年、NHK大河ドラマ「光る君へ」題字揮毫および書道指導。
大東文化大学や立正大学、相模女子大学等で教鞭を執る傍ら、腕時計ブランド「GrandSeiko」への作品提供(2018)やNYでの個展開催(2019)など創作活動も多岐に渡る。 無料WEB連載「ひとうたの茶席」(2020〜)では茶の湯へと繋がる和歌の思想について解説、および作品を制作。また、近著に『書の風流 近代藝術家の美学』(2021、春陽堂書店)がある。

来年の大河ドラマの題字をNHKから依頼された経緯を教えてください。

 2024年の大河ドラマ「光る君へ」には平安時代中期を舞台に後世「世界最古の女性文学」と呼ばれる『源氏物語』を生んだ紫式部の生涯を描くものです。脚本は『功名が辻』以来2作目の大河ドラマとなる大石静さんが担当し、主演の紫式部役は吉高由里子さんになりました。
 源氏物語の主人公「光源氏」は、原文では「光る君」と書かれています。光源氏は誰をモデルとしたかは諸説ありますが、そのなかのひとりが、藤原道長です。道長役は柄本佑さんが演じられます。


 ドラマのタイトルが「光る君へ」に決まったあと、制作総括の方や演出の方々は、書道のシーンを見どころのひとつに据えようとされました。そして、平安時代のリアルな和歌の書き方や作法など、歴史的にもこだわりたいと考えました。ましてや主演の吉高由里子さんは左利き。右手に持ち替えて仮名文字が書けるようになってほしいとの願いもありました。そのような状況から、書の歴史考証、そして俳優への指導として、本学でも教鞭を取り、また博士号も取得している私が両方できるため適任と、「書道指導」の連絡があったわけです。その後はスタッフのひとりとして指導や考証、小道具制作などを任されていました。
 大河ドラマのタイトルについては、ここ数年、デザインによるロゴも増えたことにより、今回もその可能性がありました。なかなか決まらないなか、やはり筆文字が良いと演出の皆さまが仰ってくださり、随分と経ったあとで私に声が掛かりました。これまで書道指導と題字揮毫の両方を担当した方は誰もいなかったため、期待していなかったぶん大変驚きましたが、同時にとても嬉しく光栄に思いました。

題字制作の過程はどうでしたか。

 「光る君へ」は、漢字とかな文字が交互に並ぶタイトルです。紫式部と藤原道長、両者の想いが入り混じり、それでいて互いに感化し合うような、そんな印象の題字を書きたいと思いました。題字をご覧いただくと、文字が終わっても必ず次の文字へと意識がつながるように筆を動かしています。日本書道の魅力の一つに「流れ」の美しさが挙げられます。文字だけでなく、文字と文字の間にも流れが感じられるよう、何度も筆をとりました。


 NHKの方々には、計4回、題字を見てもらいました。1回につき、10種類ほどの書を持っていき、それぞれ20枚くらいは書いていますから、延べ800枚くらいは書いたでしょうか。はじめは、どのくらい書き分けられるか、自身の技法について紹介しました。方向性が決まった2度目は、そこから墨のにじみやかすれ、文字の崩し方に幅を設けて書きました。そこからもらった意見のひとつに、「る」と「へ」の仮名を、もっと今の平仮名のように飲みやすくならないかというものがありました。タイトルとしては読みやすくならねばなりません。しかし、「る」を平仮名のように書くと、漢文でも使われる「而」の草書体と近くなります。日本書道を専門としている私は普段、古文書を読む際に「る」が出てきたら「而(〜て)」だと指導しているため、違和感があって書きたくなかったのです。また、「へ」は平安古筆では「つ」とほぼ一緒で、やや右下に傾ける程度の字形に私は馴染みがあります。したがって、カギカッコのような「へ」は書きたくなく、それはしっかりと先方へ伝えました。すると、理解を示してくれ、間を取ることで落ち着きました。

 3度目は、私の作品としての書ではなく、あくまでドラマとして印象を大事に書いてほしいという意見に則って、「ポップに」「煌びやかに」「エロティックに」など、抽象的な要望に応えるかたちで何枚も持っていきました。しかも、現代のテレビの形は横長になりましたから、それに合わせて題字も横書きにしたいと言われました。書は本来縦書きですから、正直悩みました。たくさん持っていった中で、1枚選ばれたものがありましたが、勝手に書いていった縦書きを見てもらったら、やはり縦も魅力があると仰っていただき、最後にもう一度チャンスをもらいました。それでも「これぞ」というのが書き上がらないなか、演出の方からお電話を頂戴し、アドバイスをもらいました。

 「紫式部が特別な想いを寄せる藤原道長に、もし、恋文を送ったとして。その巻紙の最後の宛名に「光る君へ」と書いたとしたら…そんな題字が見たいです」と。

 これが第一線で活躍している方の助言かと、胸を打たれました。そして出来上がったのが、今回の題字というわけです。先にメインとなる縦書きが決まり、それに文字のくずしを合わせて横書きも書きました。SNSでは現代の画面に合わせて横書きが先行していますが、ドラマでは縦書きが主に使われます。

揮毫した題字に対して番組側の反応をお聞かせください。

 クランクインの際に俳優陣やスタッフが一堂に介して挨拶をしたのですが、その間で、脚本の大石静さんが「ドラマの印象や流れが、一目でわかる素敵な題字を書いてくれてありがとう」と言ってくださったことには、心から安堵しました。またナレーションの方には、まだ撮影がはじまっていない中、先に「語り」を撮ることがあり、そんな中、私の題字を見て、話し方や雰囲気をつかみましたと御礼を言われたことは嬉しかったです。

今年の5月22日に題字制作についてメディア発表されましたが、発表後以降、身の回りや心情の変化はありましたか。

 これまで日本書道が好きで、ひとりで研究や作品制作をしていましたが、今回のお声がけによって、自分だけの知識や経験に、社会性がともなった感覚を得ました。私の意見や書の文字から、会っていなくとも平安時代を感じ、そういうものだと受け取る方が出ると思うと身の引き締まる思いがします。逆にいえば、私を通して日本書道の魅力に気づく方を少しでも増やさねばと意を新たにもしています。

ここまで題字揮毫についてお伺いしてきましたが、普段の制作活動の様子について聞かせてください。

 はじめは仮名文字の美しさに惹かれて書の道に入りましたが、大学院在学中から、和様の漢字表現にも魅力を感じるようになりました。ですから、書家としての仕事として漢字も多く書きますが、その際には和様の書を意識して筆をとっています。今回の題字の「光」や「君」はまさにそうです。漢字が用いられる題字等の依頼では、腕を大きく動かした運筆を心がけたいです。したがって、小筆というわけではいきませんので、筆選びにはこだわっています。つまり、字が大きくても仮名の小筆のような毛先(命毛)が出るようなものを使いたいので、私は白狸の毛筆を好んでいます。「光る君へ」の題字も小筆ではなく、意外と大きく書いています。

根本さんは大学、大学院も大東文化大学のご出身ですが、学生生活を振り返り、得たことはどのようなものがありますか。

 大学時代は様々な書表現や技法を、大学院時代はモノの見方や歴史など、「多様性」というものを学びました。各々の立場がありながら、寄り集まって感化し合う学舎はとても魅力的でした。私は仮名しか書けず、漢字の授業は劣等生でしたが、それはそれで、自分というもの、自分のしたいことを改めて確認できたと思います。大学院では、日本書道は平安時代だけではなく、時代が下っても素晴らしい書があることを知りました。結果的には江戸時代に活躍した本阿弥光悦の書で博士号をいただきますが、それが如何なる分野においても視野を狭めない姿勢の大切さに気付いたキッカケになったと思います。

最後に、今現在、大事にしている信条、信念を教えてください。

 他分野にも常に目を向けることは、大切にしています。現在、裏千家の茶道雑誌『なごみ』で連載を持っています。床の間に掛けられる書の読み方や見方について指南しているのですが、これも他分野に目を向け続けた結果です。書というものは、日本文化のすべてに繋がれる、いわば原石です。そのもとにある「ことば」というものを丁寧に、これからも書いていきたいと思います。

 

 

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