
政治やカルチャーをはじめとした幅広い分野から「今注目が集まっているトピック」をピックアップし、テーマと関連の深い専門家に、それぞれの視点から考察・解説をしてもらう企画「先生に聞いてみた!」。
今回のテーマは、「中国武術(カンフー)」と「日本の武道」です。映画やアニメで目にする華麗な動きとアクロバティックな技が魅力の中国武術ですが、日本の武道と歴史的にも文化的にも深くつながりがあるのだそう。
教えてくれたのは、本学学長であり、柔道の達人でもあるスポーツ・健康科学部健康科学科の高橋先生と、中国武術を専門としている文学部中国文学科の宮田先生です。前編となる今回は、「中国武術(カンフー)」の魅力と、日本の武道や日本文化の根底にある中国思想について語っていただきました。
インタビュープロフィール
高橋 進学長
スポーツ・健康科学部健康科学科 教授
専門分野:スポーツ科学
2007年より大東文化大学スポーツ・健康科学部健康科学科に着任。1967年に柔道を始め、学生時代から全国大会で活躍。大学在学中に各種大会で入賞し、1985年より講道館指導員を務める。ソウル五輪や世界選手権などで日本代表を支援し、全日本柔道連盟派遣コーチや国体監督として指導。1991年から2004年までJOC強化スタッフとして田村亮子選手らのトレーニングに携わる。2004年にIJF公認審判資格を取得し、アジア大会や世界選手権、ユニバーシアードなど数多くの国際大会で審判を担当。国内でも全日本柔道選手権や国体の審判委員を務め、現在七段。半世紀以上にわたり選手・指導者・審判として柔道界に貢献している。
宮田 義矢先生
文学部中国文学科 講師
専門分野:宗教学
大学時代は東洋史を、大学院で宗教学を専攻し、特に近現代中国の宗教を中心に研究をしている。これまで中国、台湾、東南アジアで資料収集や現地調査を行い、2025年4月に本学中国文学科に着任。中国武術は大学生になってはじめて習い、現在まで細々と愛好している。
はじめに、おふたりが所属している学科について教えてください。
宮田先生:中国文学科は、国文化に関する広範な知識を持ちつつ、異文化を深く理解することにより、バランスのとれた国際感覚を持つ人材を育成することを目的としており、私はそこで宗教学のゼミを開講しています。中国哲学・文学・歴史に加え、中国宗教(仏教を含む)や現代中国語および書道芸術など、中国文化を多角的に学ぶことができる日本でも数少ない学科です。
高橋先生:健康科学科は、医療・食と運動・自然科学の分野で専門性を磨き、実践力を育む学科です。手厚いサポート体制により、医療・教育・食品・行政など幅広い分野で活躍できる人材を育成しています。私の専門はスポーツ科学で、健康科学的立場からヨーロッパを中心とする保健体育の現状と課題の検証を研究領域としています。
宮田先生が語る、中国武術の魅力
日本ではカンフーの名で知られている中国武術。日本でもドラマや漫画でよく取り上げられていますよね。
宮田先生:中国武術は日本の漫画やアニメにもよく登場しますね。その理由の一つは、型や技の名前に当てられる漢字の響きがカッコいいからだろうと思っています。
たとえば、『拳児』という中国武術を題材にした漫画で一躍有名になった八極拳には、「八大招」と呼ばれる八つの秘伝技があるのですが、その中でも主人公が奥の手として使う「猛虎硬爬山」は字面だけですでに強そうです。「猛虎が勢いよく山をのぼる」という意味で、実際に見るとそのイメージ通りの動きをします。見た目のインパクトも大きく、漫画向きの表現としてさまざまな作品で見かけるようになりました。
もう一つの理由は、中国武術によって「生身なのに強い」というキャラクターの説得力が生まれるからだろうと考えます。アニメ化もされた『からくりサーカス』では、主要キャラクターが異能の敵に形意拳・気功で挑みます。また、『スプリガン』という漫画では、主人公の師匠でもある八卦掌・仙道の達人が、生身にも関わらず作中最強として描かれています。
フィクションでも強さには裏付けがいるわけで、それに説得力を持たせているのが中国文化なのでしょう。ちなみに形意拳は五行思想を、八卦掌は『易経』の思想を理論付けのために取り入れています。
宮田先生は東洋史を学んでいた大学生時代に中国武術を習いはじめたとお聞きしました。
宮田先生:中国武術を始めたのは、中学生の時に『拳児』を読んで“中二”心を鷲づかみにされてしまい、いつか本場で学んでみたいという憧れを抱いたのがきっかけです。大学に入って日本で師事した先生から中国の先生を紹介して頂き、以降毎年の夏休みや中国への 留学期間を利用して八極拳を集中的に教わりに伺いました。武術だけでなく中国での生活も楽しく、本当に忘れがたい刺激的な体験でした。
武道からアニメまで――日本文化の根底に息づく中国思想
日本の武道といえば、礼儀や精神性を重んじる“道”として日本人にとって身近な文化のひとつですよね。
高橋先生:今や多くの人が触れている武道ですが、日本の武道は中国から多くの影響を受けています。私たちが知っている剣道や柔道といった武道の考え方や精神には、中国の思想が色濃く反映されています。いくつか代表的なものを紹介しましょう。
一つ目は 儒教 です。儒教は中国の思想家・孔子の教えで、”仁”や”礼”といった道徳を重んじます。武道でよく言われる『礼に始まり、礼に終わる』という姿勢も、儒教の影響なんです。武士道の忠誠心や家族愛、自己犠牲の精神も、もとをたどれば儒教に行き着きます。
他には**禅(中国で発展した仏教の一派)**も、日本の武道に大きな影響を与えました。禅は”無心”や”心の静けさ”を大切にします。日本の武士たちは座禅を通じて精神を鍛え、死を恐れない冷静さを身につけました。剣道や弓道で『技より心が大事』とされるのは、まさに禅の考え方が生きている証拠です。さらに、武士にとって禅宗は怨霊を鎮める力があるとも信じられていました。戦で命を落とした者の霊をどう扱うかは、切実な問題だったのです。
哲学的な影響として、三つ目は 老荘思想(道教の源流) です。『無理をせず、自然に従う』という考え方で、柔道の『柔よく剛を制す』や合気道の相手の力を利用する技術に通じます。無理なく自然な動作を大切にするところは、老荘思想が武道の型や流れに深く影響していると言えます。
四つ目は 陰陽五行思想です。これは「世界は”木・火・土・金・水”の5つの要素の循環で成り立つ」という中国古代の自然観です。この考え方は日本でも広まり、五感や五臓六腑といった言葉にも残っています。これは武道でも、体の使い方や呼吸法、気の流れを重視する思想として受け継がれています。仙人思想から派生した気功や呼吸法は、武道の体術にも取り入れられました。
日本の武道は単なる戦いの技術ではなく、武道は中国から伝わったさまざまな思想を受け継ぎ、人間の生き方や精神のあり方を重視して発展してきました。だからこそ、武道はスポーツの枠を超えた奥深さを持っているのです。
宮田先生:日本の漫画やアニメには、戦いにおいても「相手の背景や状況を慮る」という精神が描かれることがあります。それを見ていると、儒教の思想、特に「仁」(思いやり)や「忠恕」(ちゅうじょ:自分の心をもって他人の心を推し量る)を武道も受け継いでいると高橋先生がおっしゃったことの意味が分かるように思います。
念頭にあるのは『鬼滅の刃』なのですが、敵である鬼の過去や悲しみを描き、人間であった頃の事情に対する共感が描かれています。「人間は誰もが善性を持つが、環境や運命がそれを歪める」という視点は、儒家である孟子の性善説に近いと感じます。
儒家思想・武道精神というと難しそうですが、『鬼滅の刃』のように、物語として具体的な状況に即して表現されていれば、「戦いの中でも相手を思いやる」ということがどんなことなのか、実感を伴って理解することが出来そうです。
続く後編では、「中国武術(カンフー)」と日本の武道の共通点や違いから、進化していく武道の形、中国文化や武道を学ぶ上で大切なことについてお話しいただきます。ぜひ併せてチェックしてください。