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【先生に聞いてみた】『薬屋のひとりごと』を先生はどう見る?作品をヒントに「中国史」「毒と薬」の知識を深めよう

2024.05.07 / 7,630PV

政治やカルチャーをはじめとした幅広い分野から「今注目が集まっているトピック」をピックアップし、テーマと関連の深い専門家に、それぞれの視点から考察・解説をしてもらう企画「先生に聞いてみた!」

今回は、アニメ化もされた大ヒットライトノベル『薬屋のひとりごと』に着想を得て、ふたりの先生にクロストークをしてもらいました。中国史学の専門家である小尾先生には中国史について、自然科学の専門家である植田先生には毒と薬について語ってもらいます。

インタビュープロフィール

小尾孝夫 先生(写真左)

文学部 中国文学科 教授

専門分野:中国中世史

 

植田幹男 先生(写真右)

スポーツ・健康科学部 健康科学科 教授

専門分野:化学、科学教育

薬屋のひとりごと

大陸の中央に位置するとある大国の後宮で、「毒見役」として帝の寵妃に仕える主人公の少女「猫猫(マオマオ)」。彼女は花街育ちの薬師で、毒と薬に対して並々ならぬ執着心をもっていた。そんな猫猫が、薬師としての知識と優れた観察眼でさまざまな難事件を解決していく、謎解きエンターテイメント。

後宮で思いがけず出世した猫猫。中国史上で大出世を遂げた人物は誰?

猫猫は「人さらい」に遭って後宮で下働きをすることになりますが、毒と薬への豊富な知識を帝の寵妃や宦官に認められて毒見役となり、その活躍の幅をどんどん広げていきます。(猫猫本人の希望はさておき)まさに大出世といえますが、小尾先生が考える中国史上最も出世した人物は誰ですか?

小尾先生:やはり中国史上唯一の女帝である則天武后(武則天)ではないでしょうか。

彼女は14歳で唐の太宗(李世民)の後宮に入り、太宗の死後、その息子の高宗(李治)の後宮に入ります。この点は、『薬屋のひとりごと』に出てくる里樹妃(リーシュヒ)と同じですね。

しかし、史実から伺える則天武后の人物像は、里樹妃とはまったく異なります。高宗の皇后となり、高宗の死後には息子を廃位(君主を位から退かせること)して、自らが皇帝になってしまうのですから。父と息子の両方の後宮に入り、女性が皇帝になるまでの道のりは、想像を絶する逆境だったはず。強い女性であったことは間違いないでしょう。

則天武后といえば、その残忍な行いゆえに中国三大悪女に数えられることもありますよね。

小尾先生:出世欲が強く、そのためなら手段を選ばないというイメージが浸透していますよね。一方で、有能な人々をとりたてるなど、政治社会にいい影響を与えたという功績も残しているんですよ。

また、彼女は晩年皇帝の座を息子に譲っており、死後は自身も皇帝になったにも拘らず夫と同じ陵墓に入ります。そして、陵前に建てられた巨大な石碑には、字を一切刻まなかった。後世に対し何の弁明もしなかったんです。その大きな無字碑からは、彼女の力強く潔い生き様が感じられます。

そうやって歴史を丁寧に紐解いていくと、見え方が変わることはよくあります。私は、則天武后を「生まれた時代を精一杯に生きた人」だと捉えていますよ。

 

昔の人々はどうやって薬を確立し、毒と区別してきたの?

作中では、滋養強壮によいとされるハチミツが、ある寵妃の赤子の命を奪ってしまう描写があります。このように毒と薬は表裏の関係にあることも多いですが、毒にもなり得るものを、人々はどうやって薬として確立してきたのでしょうか?

植田先生:現代における薬の開発は、特定の化合物(物質)が人体でどのように代謝、分解されて作用するかを考えて設計・開発されています。しかし、科学が現代ほど発達していなかった時代では、経験則をもとに人体に対する物質の効果を調べるしかない。つまり、毒か薬かわからない物質をさまざまに試して、その効果を観察して毒と薬に分類してきたと考えられます。

ですから、何らかの効果があると判断したうえで使用し続け、後に中毒症状が確認されたケースも多々あったでしょう。

薬ではありませんが、作中に出てくる「おしろい」はまさにその一例といえます。肌が美しくなるからと長い期間日常的に使用していると、鉛中毒を引き起こしてしまう。ちなみに、日本でおしろいによる鉛中毒が注目されるようになったのは1900年頃のことで、明治時代になってようやく無鉛おしろいが出回りはじめたんですよ。

 

小尾先生:今のように科学が進んでいなかった当時は、体への悪影響よりも、自分たちの今の生活が優先されていたのかもしれませんね。

 

おしろいの毒で子どもを失った梨花妃。私たちの周りにも毒をもったものはある?

話に挙がったおしろいのように、作中では「思いがけないものに毒があった」という描写が見られます。私たちの生活になじみ深いものの中にも、実は毒があったり、体に害をもたらしたりするものはあるのでしょうか?

植田先生たくさんありますよ。例えば身近な食材でも、有名なフグ毒のテトロドトキシンやジャガイモの芽に含まれるソラニン、トマトのヘタなどのナス科の植物の葉にあるグリコアルカロイドも、程度の差はあれ体には毒になります。

あとは、マーガリンやスナック菓子に含まれるトランス脂肪酸(油脂を加工する際に副産物として生じる)も、過剰摂取すると心臓疾患などのリスクが高まることが、近年では広く認識されています。

それから、若い方は知らないと思いますが、私が学生時代に理科の実験で使ってきた「石綿金網」の石綿(アスベスト)は、健康被害の観点から現在では製造や使用が禁止されています(※)。

※アスベストは繊維状の結晶鉱物を指し、耐火・断熱の目的で、以前は建築物に広く使われていました。学校現場で使用した石綿金網の石綿は加工されており、非飛散性のものですから、危険はありません。

 

小尾先生:えっ、そうだったんですか?

植田先生:我々は普通にお世話になった実験器具ですが、ずいぶん前に使用禁止になっています(笑)。

そうやって、新たな知見が得られたことで物質に対する考え方が変わることは現代でも十分にありますね。例えば最近では、PFAS(有機フッ素化合物)による健康被害の研究も着目されています。PFASはテフロン加工がされたフライパンなど身の回りのさまざまなものに使われていますから、長年の蓄積による身体的な影響なども少なからずあるかもしれません。あとは、プラスチック製品のゴミが発生源であるマイクロプラスチックによる海洋汚染や生物濃縮、そして人体への影響なども今後問題になってくるのではという声が聞かれます。

このように、私たちの身近には「まだわかっていないこと」がたくさんあり、さまざまな研究が現在の常識を変える可能性は大いにあります

 

国の要人を薬師として救う猫猫。中国史でも医学の力で歴史に影響を与えた人物はいる?

猫猫は薬師としての知識を活かして要人の命を救いますが、医学や薬学が中国史に影響を与えた例があれば教えてください。

小尾先生:文献に記録が残されている有名な人物に、華佗(かだ)という人がいます。三国時代に名医として活躍した人物で、なんと今から1800年以上も前に麻酔を使用した外科手術を行っていました。また、医者でありながら政治史にも密に関わっていました。

そんな華佗は、三国志の英雄のひとりとして知られる曹操(そうそう)のお付きの医者となります。しかし、華佗は曹操の元を離れ故郷で過ごしたいと考え、帰郷した際に曹操に嘘をついて家に留まろうとしました。その嘘がばれてしまい、華佗は曹操に殺されてしまいます。

歴史に「もしも」がないことは大前提ですが、曹操が華佗を生かしていたとしたら……。曹操の寿命はもっと長かった可能性がありますし、息子の曹沖が幼くして亡くなることもなかったかもしれません。そうなれば、三国時代の終焉は違った形になっていたと考えることもできます。

華佗は要人に重用されていながら、なぜ家に帰りたいと考えたのでしょうか?

理由のひとつに、彼が「医者としてしか見られなかったこと」が考えられます。華佗はもともと知識人でしたが、医者としての活躍ばかりが注目され、本人はそのことを悔しく思っていたそうです。

当時は今とは違い、医学を扱う人が尊敬される存在であったかどうかわからないんですよ。「霊的な技能を使う人」として認識されていた可能性が高く、そもそも医者という職業が確立されていたかも不明です。儒教の考えでは、人(自分)の体を傷つけることはタブーですから、外科手術を行っていた華佗をよく思っていなかった人々も多かったかもしれませんね。

クロストークを終えて

文学部中国文学科の小尾先生と、スポーツ・健康科学部健康科学科の植田先生とは、普段はなかなか接点がないかと思います。今回の企画でお話しされて、いかがでしたか?

植田先生:まったく専門が異なる小尾先生のお話を聞けておもしろかったです。さまざまな学科の先生がたくさん集まってひとつのテーマについて話したら、新たな発見があって楽しいかもしれないと思いました。

 

小尾先生:私も長年大学にいますが、健康科学科の先生とお話しできたのは初めてです。とても勉強になりました。

 

小尾先生、植田先生、本日はありがとうございました!

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