政治やカルチャーをはじめとした幅広い分野から「今注目が集まっているトピック」をピックアップし、テーマと関連の深い専門家に、それぞれの視点から考察・解説をしてもらう企画「先生に聞いてみた!」。
今回のテーマは、世界中の注目を集めている「アメリカ大統領選挙」です。選挙の重要な争点やその結果に伴う経済動向の見通し、そしてアメリカ大統領選挙をとおして今考えたい「Z世代の政治・経済への関わり方」まで、法学部政治学科の坂部先生、経済学部現代経済学科の古屋先生にたっぷり語ってもらいました。
前編となる本記事では、有力候補とされる民主党のハリス氏(※)、共和党のトランプ氏の主張や政策、そして各候補が当選した際の日本を含む世界経済への影響などを伺います。
※7/21に現大統領のバイデン氏が選挙戦からの撤退を表明し、その後、民主党大会において現副大統領のハリス氏が候補者に指名されました。
インタビュープロフィール
坂部真理 先生
法学部 政治学科 教授
専門分野:アメリカ教育政策
古屋核 先生
経済学部 現代経済学科 教授
専門分野:マクロ経済学
- INDEX
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- 今回の大統領選における最大の争点とは?
- 大統領選の結果によって日本経済が左右される?
今回の大統領選における最大の争点とは?
初めに、今回のアメリカ大統領選挙の争点について教えてください。
坂部先生:減税や中絶の権利など個別の争点も確かに重要ですが、国内外の多くの研究者は、今回の選挙ではより根源的な問題が問われていると見ています。それは21世紀における「“アメリカの自画像(self-image)の揺らぎ”に対し、どう対応するか」という問題です。
アメリカ人が「アメリカとはこういう国だ」と考え、つくりあげてきたイメージを維持することが、近年のアメリカにとって大きな負担になっています。そして、その負担に対して不満を抱いている国民は少なくありません。アメリカは今、「自分たちはこれからどのような国であるべきか」を決める岐路に立たされているといえるでしょう。
そのため今回の選挙では、ハリス氏、トランプ氏の両候補が、今後のアメリカが進むべき道について対照的なビジョンを掲げ、戦っています。
両候補が掲げる「進むべき道」とは、具体的にどのようなものですか?
坂部先生:ここでは2つの観点を取り上げ、両者の考えの違いを簡単にご紹介しましょう。
【観点1】国際社会におけるアメリカの役割
20世紀(特に第二次世界大戦後)、アメリカは圧倒的な軍事力と経済力を背景に、「世界の警察官」として、自由民主主義的な国際秩序の形成と維持を担ってきました。この「自画像」は、イラク・アフガニスタン戦争のように、ときに他国への軍事介入といった独善的な行動を生むこともありましたが、他方では国際秩序の安定化に寄与してきたという側面もあります。しかし、こうした「世界のリーダー」としての役割を果たすために、アメリカは多大な人的犠牲や軍事費を払わなければなりませんでした。
さらに、アメリカは世界経済においてもリーダーシップを発揮し、NAFTAやTPPなど自由貿易圏の拡大を追求してきました。こちらも、アメリカ国内の製造業の衰退と雇用喪失というコストを伴いながら、です。
こうした現状に、多くの国民、特にラストベルト(衰退する製造業地域)の労働者層の人たちは長く不満を抱いてきました。その不満に対し、「アメリカ第一主義」という明快な答えを示したのがトランプ氏です。「世界のリーダー」としての自意識とともに、これまで背負ってきた責務も捨て去り、単なる一つの「大国」として自国の利益を追求する方針を打ち出しました。例えば、彼は自身が当選した暁には、ウクライナ戦争を(おそらくロシアに大幅譲歩する形で)即時終結させ、これ以上アメリカの負担を拡大しないと宣言してきました。
これに対し現バイデン政権は、「国際協調主義」の下、同盟国との関係を修復し、また負担を分担しながら、国際紛争や気候変動などさまざまな国際問題に積極的に関与する姿勢を示してきました。ウクライナ戦争についても、「自由民主主義を守る戦い」と捉え、ウクライナ支援を続けています。ハリス氏も、今年6月、副大統領としてゼレンスキー大統領と会談し、インフラ再建のための追加支援を約束するなど、バイデン政権の方針を継承すると思われます。もっとも、現在のイスラエル‐ガザ紛争は民主党内を分断しかねない問題ですので、ハリス氏は難しい対応を迫られています。
【観点2】「アメリカ人」の定義(移民問題)
「移民の国」であるアメリカは、人種や民族を問わず、政治的理念を共有すれば誰でも国民として受け入れることを建前としてきました。しかし、実際の人口構成ではヨーロッパ系白人が圧倒的優位を占めており、政治・経済・文化など各分野で「白人中心の国家」であろうとする力が長く働いてきたのも事実です。
しかし1965年の移民法改正などを機に、非白人系の移民が増加し、アメリカ社会における人種・民族の多様化が急速に進行しました。さらに、メキシコ国境などを超える不法移民も急増した結果、南部の諸州を中心に「移民によって私たち納税者の負担が増え、雇用は奪われ、伝統的なコミュニティーの文化も破壊されている」という不満がどんどん高まってきました。
このような動向を受けてトランプ氏は、非白人系移民の増加やマイノリティの権利拡大が生じる以前、つまり1950年代の「偉大なアメリカ」への回帰を掲げました。彼は不法移民を「犯罪者」と明言し、連邦軍による不法移民の取り締まり強化・国外への強制退去などを主張して、一部国民から熱烈な支持を得ています。
この不法移民問題は、ハリス氏にとって難問です。自身もインド=アフリカ系出身である彼女は、一方で民主党の原則である人種・民族的多様性やマイノリティの権利保護を掲げつつ、他方では、白人労働者たちの不満にも応答しなければなりません。ハリス氏がこの難問をどう政策的に解決するかはまだ不透明です。しかし、少なくとも彼女が、先日の民主党大会で、トランプ陣営に対抗するため、彼らとは対照的な「アメリカ人」のあり方を強調したことには留意してよいでしょう。それは、特定のエスニシティではなく、共通の政治的理念に基づく、本来のアメリカ的な国民統合のあり方です。彼女は、「自由」・「民主主義」・「法の支配」などの理念を前面に打ち出し、人種や民族にかかわらず、これらの共通理念に基づく結束を呼びかけました。これは、本来のアメリカ的な国民アイデンティティへの回帰であるとともに、トランプ氏が掲げる諸政策がこれらの理念に反することを示唆することで、トランプ陣営こそ「非‐アメリカ的」なのだと人々にアピールする戦略です。
大統領選の結果によって日本経済が左右される?
ハリス氏が当選した場合、日本経済にも影響が及ぶと考えられますか?
古屋先生:ハリス氏が当選した場合、バイデン氏による現行の経済政策の基本路線は継続されると考えられるため、日本経済に大きな波瀾が生じることはないと考えられるでしょう。
「現行の経済政策の基本路線」とはどのようなものですか?
古屋先生:大きなポイントは2つあり、ひとつは国内経済活動への関与を肯定する「大きな政府」を志向していることです。具体例を挙げると、脱炭素関連の公共投資(EV充電網整備など)を行いつつ、税控除や補助金などを通じて、再エネ発電設備への投資促進やEVなどの国内生産増加を図っています。「気候変動対策=社会課題」への積極関与がなされているんですね。
そしてもうひとつのポイントは、国際協調を基本としていること。中国向け半導体輸出の規制なども実施してはいるものの、規制の範囲は一部の先端技術に限定されており、世界経済の過度な分断は避ける姿勢を見せています。
トランプ氏が当選した場合、この路線がどのように変わるのでしょうか?
古屋先生:トランプ氏は、現政権よりも「小さな政府(政府による介入をできるだけ減らし、経済活動を民間に委ねる)」を志向しています。例えば、当選した際には自身が大統領在任時に期限つきで導入した所得税の減税を延長するとともに、中間層向けの新たな減税を追加することを示唆。これによる歳入の減少は歳出の見直しで補うとしていますが、その実効性は未知数であるため、政府債務が膨張することへの懸念から債券・外為市場が不安定化する恐れがあるでしょう。
また、対外的にはアメリカ第一主義を前面に掲げており、地球温暖化対策の国際的枠組みである「パリ協定」からの再離脱や、中国製品に対する関税の大幅引き上げ、さらに一部重要品目(半導体、鉄鋼、医薬品など)の対中輸入全廃を公約に盛り込んでいます。こうした対中強硬策が実現すれば、経済摩擦が激化し、米中両国の経済の混乱が予想されます。
トランプ氏が当選した場合、日本経済はどうなるのでしょうか?
古屋先生:日本の2023年時点での輸出総額のうち20.1%はアメリカ向け、17.6%が中国向けで、それぞれ輸出相手国の1位、2位となっています。両国の経済が混乱すれば、日本も少なからず打撃を受けると考えられるでしょう。
先生たちのお話から、アメリカ大統領選挙が国際秩序や世界経済を大きく左右すること、そして日本国民にとっても大きな影響を与えることがわかりました。私たちも今を生きる世界の一員として、その争点を理解し、情勢を見守ることが必要といえるでしょう。
そこで続く後編では、日本のZ世代が経済の発展においてどのような役割を担えるのか、また政治に参加するうえでどんなことを意識すべきかを考えます。