大東文化大学百年史編纂

資料紹介

Introduction of Research Materials

Research Materials 02

大東フォーラム

 下記の資料は、本大学の附置研究所である大東文化大学東洋研究所から提供されたものである。 大東文化学園理事長室広報課編『大東フォーラム』創刊号(1990年11月、全178頁、縦21×横14.7cm)は、大東文化学園理事長室から年2回発行の学園総合誌である。 「創刊の辞」において、大東文化学園理事長室長の鏡光昭は「二十一世紀は“アジア・太平洋の時代”である、と言われている。 …このような大きな時代の流れの中で、本学は昭和六十一年四月、アジアを主眼とした国際関係学部を創設し、本[平成二]年三月第一期生一九七名を社会に送り出すことができた。 卒業生の多くが…将来、彼らがアジアと日本の架け橋となって活躍することを願っている。 また、本学園は我が国の国会開設百年の本年四月、世界政治の檜舞台で活躍しうる人材養成などを目的とした政治学科を法学部の中に新設した。 昨年十一月のベルリンの壁の崩壊に端を発した東欧世界の民主革命の嵐と東西ドイツの統合、米ソの冷戦構造の終結と世界新秩序の模索、イラクのクェート侵攻など世界は今、史上稀な激動の中にある。 このような歴史的な時代の節目に、本学の政治学科が誕生したことは誠に時宜を得たことと言えよう。 『東西文化を融合して新しい文化の創造を目指す』ことを建学の精神としている本学園は、“アジア・太平洋の新しい世紀”を切り開くための一助として、ここに、学園総合誌『大東フォーラム』を創刊」(1頁)するとしたと述べている。 同号では、特集「現代政治学の可能性」「アジア文学への旅」テーマに沿った論考の他、穂積重行学長らを交えて行った座談会「アカデミアの夜明け―二十一世紀、大学はいかにあるべきか―」の模様も掲載されている。 穂積学長は「『東西文化の融合』、そんな生易しいことじゃない。東西南北、上下左右、融合どころか、激突混沌ですな。 ただし、この大正中期という時点について言うならば、まさに東西文化の融合は、特に漢学的視点から見るならば、精いっぱいの近代化だっただろう。 それを今笑うことはできない。これは強く思います。 結局その中で建学の精神を我々は発展的に継承していくとするならば、やはり現実の課題を真っ正面から受けとめて、それにどう対応していくか」(87頁)であると述べている。 そして編集後記では、「小誌は内外に開かれた広場です。 ここでは学術研究の成果が問われ、活発な討論が展開される…沢山のメニューが用意されています。 主役はもちろん皆さん自身なのです。どうぞ積極的に参加して下さい」(178頁)と結んでいる。

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