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2013年02月22日

相撲部OBの武州山さん新たな門出

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 本学相撲部OBの武州山隆士さん(98年度経済学科卒、藤島部屋)が1月27日、引退を発表した。今後は年寄「小野川」を襲名し、藤島部屋付の親方として後進の指導にあたる。引退は今場所(2013年初場所)の相撲を取り切った13日目に師匠の藤島親方と相談して決めた。「これから稽古をする気力がなくなって決断した。地元の声援が力強かった。親方としての仕事は不安だが、常識のある力士を育てたい」と話した。思い出の一番として、2008年七月場所の十両初優勝を決めた取組をあげた。「無我夢中で優勝の実感がわかなかったが、普段涙を見せない武蔵川親方(当時)の、女将さんの涙を見た時にうれしさがこみ上げてきた」と振り返った。今場所は勝ち越しで意地を見せた。「初日から大きな声援が聞こえ、それで燃えるものがあり、恥ずかしくない相撲を、と奮起したことが、勝ち越しにつながった」

 引退発表の翌日、読売新聞1面「編集手帳」では、武州山さんを取り上げていた。その主旨は次のような内容だ。
 「相撲界が八百長疑惑で大揺れの頃、疑惑解明のために、協会はすべての力士に証拠物件となる携帯電話と預金通帳を示すよう求めた。その際、武州山は、『いつも全霊で土俵を務めるあなたが八百長をするはずがないから』と、“ガチンコ力士“認定者第1号になった。(中略)賜杯ならぬ記憶にその名を刻し、末永く称えられていい栄誉だろう。(中略)稼いだ勝ち星の数や、浴びた拍手喝采の数だけでは”重み“を量れない勲章が、男の人生にはある」と最大限の讃辞がおくられた。

 太田政男学長は「常に大東のことを思ってくださり、場所が終わるたび、律儀に大学に報告に来てくれた。読売新聞「編集手帳」の記事は、うれしい記事だった。けがが重なり苦労の多い現役生活だったと思うが、よく頑張ってくれた。尊敬できる人物であり、誇りに思う」と労をねぎらった。

  • 引退後に本学役員を訪ねてこられました 引退後に本学役員を訪ねてこられました
  • 2010年9月場所 2010年9月場所

本名・山内隆志(98年度経済学科卒、青森県立金木高校)

 本学から1999年初場所に幕下付け出しで初土俵を踏み、2003年九州場所で新十両に昇進。08年九州場所に32歳5カ月で年長新入幕を果たした。最高位は西前頭3枚目だった。本学にとって初の関取で幕内在位11場所。左四つからの寄りや、まわしをとったときの力強い攻めで、中学時代に同じ青森の同学年でしのぎを削った高見盛関や若の里関とともに各界を盛り上げた。

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