サッカー日本代表の正GKとして活躍する鈴木彩艶選手。その圧倒的な能力の礎を築いたのは、浦和レッズジュニアユース時代に彼を指導したGKコーチの杉尾一憲さん(本学スポーツ科学科2009年卒業・1期生)だ。 杉尾さんの在学中、スポーツ科学の価値や可能性について指導した川本竜史スポーツ科学科教授を交え、大学での学びと育成現場とのつながり、「世界基準とアイデンティティ」についての対談を行った(文中敬称略)

神童の「自立心」と“彩艶スケジュール”の真実
川本: 鈴木彩艶選手と初めて会った時の印象はいかがでしたか?
杉尾: 彼と出会ったのは小学6年生の時でしたが、もう既に会話が「大人」でした。自分のことは自分でやってしまう習慣がついていて、私のアドバイスを取り入れて頑張る一方で、「いや、これはちょっと違うかな」というものは自分で取捨選択もできていた。そこが第一印象としてすごいなと思いました。
川本: 小学生でその視点は驚異的ですね。その「自立心」はどこから育まれたのでしょうか?
杉尾: 家庭環境が大きかったようです。「自分のことは自分で」という教育が主体性を育み、成長を加速させたのだと思います。
川本: 彼の才能を伸ばすための「彩艶スケジュール」とはどんなものでしたか?
杉尾: 当時の練習環境では帰宅後の就寝が夜遅くになっていました。大学で発育や休養の重要性を学んでいたため、身長を伸ばすことを優先し、彼にだけオフを増やして練習も早く切り上げさせました。
川本: チームの「平等性」より、科学的根拠に基づく「個別性」を優先し、結果として190cmまで成長したのですね。
杉尾: 例外を作るのは勇気が要りましたが、あの判断が現在の彼の活躍を支えていると信じています。

本学スポーツ科学科「1期生」としての学び
川本: 杉尾さんは、まだ実績も伝統もない新設の本学スポーツ科学科に、1期生として飛び込んできてくれました。あの頃は何を求めていたのですか?
杉尾: 体育教員免許取得という目標はもちろんありましたが、「新しい歴史を作る1ページ目になりたい」という思いが強かったです。当時の大東文化大学の施設は、ハイスピードカメラやトレッドミル、動作分析ソフトなど最新鋭のものが揃っていて、毎日が刺激的でした。
川本: フィールドでの計測や実験室での分析を通じて、身体の仕組みやスポーツパフォーマンスについて学んでいましたね。その「科学の目」は、今の指導にどう繋がっていますか?
杉尾: 動作の「なぜ」を言語化する力になりました。例えば、大学時代に同好会からスタートした女子サッカー部を指導した経験も大きかったです。正しく分析し、正しく伝える難しさを痛感しました。
川本: 「正しい提示」へのこだわり。それは、動作のメカニズムを数値と論理で理解している指導者でなければ持てない責任感ですね。

数値と主観の両輪を回すーースポーツ科学と指導現場の融合
川本: 今やGPSやスタッツデータは当たり前の時代ですが、杉尾さんが大学生だった頃は「可視化」の黎明期でした。現在の現場では、データとどう向き合っていますか?
杉尾: GPSによる走行距離や跳躍データは欠かせません。ただ、最近特に思うのは「数値と主観のバランスの重要性」です。数値やデータといった「客観」は、疲労指標の管理やパフォーマンスの裏付けとなります。例えば選手交代などの判断に客観的な根拠を与えてくれ、選手とのコミュニケーションの質を大きく向上させる説得力を持っています。
川本: 一方で、数値だけでは測れない部分を補うのが「指導者や選手の眼(主観)」ですね。
杉尾: データの背景にある意図を読み取り、勝負所を判断するには主観が不可欠です。数値に表れない精神的な成長や変化を捉え、データを通じた改善への解釈や、最後の一押しをするのは、やはり人の「情熱・ハート」なんです。
川本: 非常に重要なポイントです。数値はコミュニケーションの質を変える「共通言語」にはなりますが、最終的に選手を動かすのは指導者の「解釈」と「情熱」ですね。
杉尾: 「数値だけでは勝てないが、数値が低いままでは上には行けない」。この両輪を回す感覚が、今のサッカー界には不可欠だと感じます。

「真ん中に文化がある。」――世界基準とアイデンティティ
川本: 本学のタグライン「真ん中に文化がある。」に関連して、多様な価値観が交差するスポーツ現場で「文化」との関わりをどう感じていますか?
杉尾: アジアカップで鈴木選手に厳しい声が飛んだように、日本のファンも良いプレーは評価し、良くないプレーには厳しくなりました。それは誰もがサッカーに関心を持ち、日本の基準が「世界に近づいた」という表れでもあると思うのです。
川本: そうした世界基準の中で、浦和レッズが大切にするフィロソフィーはどう位置づけられていますか?
杉尾: プロの世界は結果至上主義の側面もありますが、クラブとして一番大事にしているのは「人を育てる」ことです。サッカー以外の分野でも幸せになれるように「人の育成」を重要視しています。このフィロソフィーと、大学で学んだ「自立」の精神があれば、どんな困難も成長の糧にできます。サッカーを通じて人間を育てる、その文化の真ん中にいたいと思っています。
川本: 最後に、未来の指導者や現役の大東生たちへアドバイスをお願いします。
杉尾: 大学は「何かを探しに行く場所」ではなく、「自分のビジョンを達成するために行く場所」です。私自身、大学を自立するための武器を手に入れる場だと考えていました。学びながら将来像を描き、必要なピースを主体的に取りに行ってください。
川本: 指導者を目指す学生たちにとって、自らビジョンを持って自立して動くことの大切さが理解できたと思います。本日はありがとうございました。
プロフィール紹介
杉尾 一憲(すぎお・かずのり)氏
大東文化大学スポーツ・健康科学部スポーツ科学科2009年卒業・1期生。 三菱養和SCユース・ジュニアユースコーチを経て、現在は浦和レッドダイヤモンズジュニアユースGKコーチ。日本代表GK鈴木彩艶選手の育成年代における指導に関わる。
川本 竜史(かわもと・りゅうじ)教授
大東文化大学スポーツ・健康科学部スポーツ科学科教授。 専門はスポーツバイオメカニクス。 Jリーグアカデミーのプロジェクトメンバーや、(一財)全日本大学女子サッカー連盟の理事長などを歴任。女子サッカー部監督。著書に『スポーツと運動のバイオメカニクス』など。








