Research

2023(令和5)年度の共同研究部会年間活動報告

東洋研究所は、開設以来推進してきた総合的共同研究のための研究部会を編成してきましたが、2022年度より、各班の年間活動報告をまとめ、その成果を公表することとします。

東洋研究所共同研究部会による研究活動 2023年度年間活動報告

第1班 『中華人民共和国100年史研究-日中関係の今後を見据えて』(主任:齋藤哲郎)

今年度は第1回5月、第2回8月、第3回12月の3回、大東文化会館において研究報告会を開催した。その報告内容は以下の通りである。なお、2月28日午後に大東文化会館にて、伊藤一彦「最近の中国と北朝鮮・韓国の関係」の報告を予定している。

  1. 5月の研究会では、第1報告 鈴木隆「ロシア・ウクライナ戦争をめぐる中国の「教訓」、第2報告 岡﨑邦彦「中共百年年表の報告」(経過報告)を行った。特に、鈴木報告はロシアのウクライナ侵攻2年目となり、それに関する中国の動向を報告された。
  2. 8月の研究会では、高田茂臣先生による「蒙彊政権官吏の日中戦争」について報告された。長年にわたる高田先生の研究成果である。
  3. 12月の研究会では、第1報告 由川稔「モンゴル国の国際投資環境」、第2報告 田中寛「劉建輝編著『「満洲」という遺産 その経験と教訓』の書評」を報告された。

この他に、第1班研究員の成果として、『東洋研究』228号に田中寛、篠永宣孝、伊藤一彦が論文を発表している。

第2班 『類書文化研究-『藝文類聚』を中心にして-』 (主任:田中良明)

前年度に引き続き、主任以下10名およびオブザーバー1名の参加によって活動し、(1)巻54・55を読解、(2)通算34冊目となる巻51を刊行し、全体の3分の1以上の刊行を終えたことになる。

(1)毎月1回の研究会を開催し、昨年度から引き続き巻54の読解を進め、9月からは巻55の読解に入った。なお、2020年度よりコロナ下の影響により対面での研究会が開催できず、オンライン上でチャットアプリケーションを利用した研究会が開かれていていたが、1月よりようやくハイブリット方式の研究会を開催している。

(2)『藝文類聚(巻五十二)訓読附索引』の編集を行い、2月中に刊行予定。本巻治政部上には、論政・善政・赦宥の三項目に、それぞれに関連する文章が収められている。中国の伝統的な政治思想は、大略儒家的な寛治と法家的な猛政とが表裏を為し、対立と混交を深めてきており、本巻にも儒家と法家の文献がそれぞれ引用されているが、特に前漢以降のものとなると、両者の思想的混交が顕著となり、どちらの思想によるものとは一概に断言しがたくなる。そうした傾向は、尚書などの経書の内容・解釈にまで及んでおり、収録書に対する単純な書目的理解だけでは、収録内容に対する検討が不十分となる明瞭な例を示している。

第3班 『アジア史のための欧文史料の研究』 (主任:滝口明子)

今年度は、8月と11月、12月、1月に研究会と研究打ち合わせを行なった。

①各自の研究テーマや最近の学術的関心事について報告し、今後の研究班の活動方針について協議した。主要な共同研究テーマの可能性(下記④参照)についても自由に対話することができ、学術的インスピレーションを与え合うことができた。

②研究成果を本として出版することについて、内容・印刷・製本・仕様など具体的な検討を開始した。2024年度とその後の継続的刊行に向けて、計画的に進めることで合意した。

③2024年1月17日(水)生田 滋 先生逝去(大東文化大学 国際関係学部名誉教授、東洋研究所研究班「西欧植民地主義再考」の中心メンバーとして長年にわたり研究を主導)

生田 滋 先生追悼 研究業績・翻訳・教科書等の出版刊行について検討を開始した。

④今後の研究テーマ 例)西洋近代の視点から見た日本語・日本文化論、大航海時代以降の東西文化交流史、特に16~18世紀の基礎史料研究と翻訳(ポルトガル語、オランダ語、フランス語、英語ほか)、東西医薬思想史、言語と身体文化論(武術・武道、型)、軍事技術・兵力、比較藝術論、自然学と文化学、物語と科学(方法論)、生活様式と健康をめぐる比較文化・比較思想史

第4班 『唐・李鳳の『天文要録』の研究(訳注作業を中心として)』 (主任:田中良明)

今年度は、(1)昨年度刊行した『『天文要録』の考察』[四]に引き続き、『天文要録』巻5「月占」の後半部分の訳注原稿の整理を行うとともに、(2)次巻の巻10「辰星占」読解の準備を行っている。

(1)については、田中を中心として作業を進めている。原稿整理という作業の特殊性から、作業が一定段階に至るまでの間、メールによる共有と検討を重ねている。『天文要録』巻5「月占」は、前半に二十四節気・十二月・二十八宿などへ分類した比較的系統立った占辞の列記が見られたのに対し、後半は、四時月食占を除くと、時季や分野などによる明瞭な占辞の分類はされておらず、大まかな占辞のまとまりは見られるものの、区分が曖昧となっている箇所も少なくなく、段落分けに苦慮している。なお、刊行は再来年度を予定している。

(2)については、髙橋を中心として、テキストの翻刻(テキストデータ化)と濱氏の遺稿の整理を進め、すでに翻刻が完了している。こちらについては、上記(1)の作業が一段落した後、班員と共有、検討していく。

次年度以降、オンライン、もしくはハイブリッド方式による研究会を開催する予定である。

第5班 『茶の湯と座の文芸』 (主任:藏中しのぶ)

①今年度は、茶室の名称・様式・寸法を詳細に記載する『茶譜』巻十四について、4、5、6、9、10、12月に研究会、8月~9月前半は夏季合宿をオンラインにより開催し、『茶譜』国会図書館本、静嘉堂文庫本、内閣文庫本、岩瀬文庫本の本文を校合して【校勘】に挙げ、【校訂本文】【訓み下し文】【語釈】【大意】【考察】に分けて検討を重ねた。12月に巻十四を読了したので、1月以降、巻十四の原稿再確認と、巻十五の校訂本文の作成をおこない、来年度の巻十五の研究にむけて準備を進めている。
②東洋研究所主催「東洋学のいざない」で相田満(2023.7.14)・布村浩一(2023.12.19)が講演を行った。
③東洋研究所共催、大学院日本言語文化学専攻主催「大東文化大学創立100周年・日本語学科開設30周年記念 第15回「東西文化の融合国際シンポジウム「日本文化と日本語教育・国語教育が出逢うとき―白拍子・静御前と龍神の道、太陽の道」で、藏中しのぶ、三田明弘、相田満が基調講演を行い、菅野友巳がパネルディスカッション「日本語学科『日本文化特別演習』の取り組み」のパネリストとして発表を行った。
④『東洋研究』に、フレデリック・ジラール(228号)、高木ゆみ子(230号)、藏中しのぶ(231号)が執筆した。

⑤ 『水門―言葉と歴史―』31号に、院生オブザーバー参加の賴妍菲が「『茶譜』所引『分類草

人木』の本文◎賴妍菲」を掲載した。

第6班 『西アジア地域における社会と文化の伝統・交流・変容-イラン・アラブ・トルコ文化圏の越境-』 (主任:吉村武典)

今年度は、5月、8月、2月の3回、対面とオンラインのハイブリット開催による研究会を開催した。各回のテーマと、その報告概要は、以下の通り。

①現在のイランにおけるヘジャーブ問題と、2022年のイランでクルド人女性マフサ・アミニ氏への暴行・死亡事件をきっかけに対象に発生した女性運動の背景について分析する2つの報

告をもとに、現代イラン社会、政治体制に関する議論を行なった。

②近代・現代のイラン文学と政治・社会の関係について、それぞれの時代を代表する詩人の活動と作品、その背景について分析する2つの報告をもとに、議論を行なった。

③本年度刊行した、大野盛雄フィールドワークの軌跡の第5巻の編集作業を中心に、全5巻の内容を振り返り、大野盛雄氏の業績とその研究成果を現在の研究にどのように還元させていく

べきかなどについて議論した。

本年度の研究会では、特に企図したわけではないが、イランにおける女性問題と関わる議論が多く行われたが、近年において改めて西アジア地域における女性のありかたについての議論が重要性を増してきていることを感じさせた。また、『大野盛雄フィールドワークの軌跡』シリーズの刊行は、2016年度から始まり本年度、第5巻をもって完了した。多くの研究者、特に西アジア地域のフィールド研究を志す若手研究者の方々に参考資料として活用していただきたい。

第7班 『岡倉天心(覚三)にとっての「伝統と近代」』 (主任:宮瀧交二)

今年度は、各自が、これまでの研究成果を論文あるいは講演のかたちで公表する活動がメインとなった。既に上半期・下半期の報告書に記したとおり、第7班の8人の構成員のうち7人が、今年度に入ってから論文5本を発表し、計6回の講演・学会報告を行っている。これは、これまで当研究班が蓄積してきた共同研究の成果をもとにまとめられたものであり、積年の研究成果の社会還元と言えよう。

今年度の新たな活動としては、3月に、國學院大學博物館で開催されている岡倉天心や美術史家E・F・フェノロサと親交のあった日本美術蒐集家W・S・ビゲロウが訪ねた埼玉県熊谷市の根岸家にかかる企画展の見学会、また、ミニシンポジウム「フェノロサ研究の現状と岡倉天心研究」等を開催する予定である。こうした機会を通じて、当研究班のメンバー各自が、新たな研究視覚の拡大をはかり、2024年度以降のそれぞれの研究活動を展望しようとするものである。

第8班 『南アジア社会における包摂と排除』 (主任:鈴木真弥)

今年度の活動は、①研究報告と②各自の論文執筆、刊行を中心的に進めた。詳細は以下のとおりである。

①研究報告会

6月9日にオンライン研究報告会を開催し、増木優衣先生の単著『ヴァールミーキはどこへ行けばよいのか――現代インドの清掃人カースト差別と公衆衛生の民族誌』(春風社、2023年)について報告がなされた。現代インドのカースト問題を公衆衛生とのかかわりから文献調査およびフィールドワークを通じて明らかにした研究として高く評価される。

②各自の論文執筆と刊行

今年度はこれまでの研究成果を公開すべく、論文執筆を中心的に進めた。計画的に進めることで、多くの成果が刊行に至った。そのなかには、『東洋研究』228号に篠田隆先生、231号に須田敏彦先生の論文が発表された。加えて学外では、鈴木真弥先生の単著『カーストとは何か――インド「不可触民」の実像』(中央公論社、2024年)、さらに英語雑誌の『CASTE / A Global Journal on Social Exclusion』4巻2号に論文が発表された。井上貴子先生の英語論文が『Hugh de Ferranti, Masaya Shishikura, and Michiyo Yoneno-Reyes eds., Unsilent Strangers: Music, Minorities, Coexistence, Japan, Singapore』(NUS Press, 2023)に発表され、『論点・ジェンダー史学』(ミネルヴァ書房、2023年)、『ジェンダー事典』(丸善出版、2024年)ほかにおいても論考が刊行された。ヒンディー語文学を専門とする石田英明先生は、『ヒンディー文学』8号を編集し、翻訳も刊行した。石坂晋哉先生はインドの環境運動史を分析した論文を『歴史学研究』1041号で発表し、長年のフィールドワークの成果をとりまとめている。以上のことから、今年度はこれまでの研究成果を集中的に発表することができた。構成員の専門分野が多様な特徴を生かして、次年度も意欲的に研究に取り組み、研究班のテーマをさらに深化させていきたい

第9班 『明清の文言小説と文人たち-張潮『虞初新志』訳注-』 (主任:小塚由博)

今年度は、オンラインにて4~7月、8~9月、11月、1~2月の8回研究会を開催し(3月も2回開催予定)、各担当者が『虞初新志』巻五~巻六の各作品について訓読・現代日本語訳・注釈等を発表し、研究班のメンバーで検討を加えた。検討した作品は以下の通り。

①李漁「秦淮健兒傳」(巻五)―腕っ節の強い男子の物語

②徐芳「雷州盜記」(巻五)―盗賊が雷州の知事になりすます物語

③林雲銘「林四娘記」(巻五)―父親の面倒を看る四人の娘の物語

④徐芳「乞者王翁傳」(巻五)―正直者の乞食の物語

⑤方苞「孫文正黃石齋兩逸事」(巻六)―明末の文人である孫文正と黄石斎の物語

⑥侯方域「郭老僕墓誌銘」(巻六)―作者侯方域の祖父の代から仕えた郭老僕の物語

⑦吳偉業「張南垣傳」(巻六)―画家で造園家である張南垣の物語

⑧朱一是「花隱道人傳」(巻六)―明末の道人である花隠道人の物語

各話は作者も異なり内容も全く多岐にわたるため、各担当者がそれに合わせて工夫を凝らしながら訓訳を発表している。それに対して専門が異なる参加者たちより自身の見地から様々な意見や情報を寄せられ、それを参考にしながらより良い原稿作りに励んでいる。この成果は次年度に共著として公刊予定である。

第10班 『インド洋が取り結ぶ東西交流の諸相に関する研究』 (主任:栗山保之)

今年度は、5月、8月、12月の3回、オンライン及び対面で研究会を開催した。各回のテーマとその報告概要は、以下の通り。

 「アラブの船乗りたちの航海技術(5月):ポルトガル来航前後のインド洋におけるアラブ

の船乗りたちの航海技術について報告した。特に、スライマーン・アルマフリーの航海技術書に記された、航海技術に関わる7要素を紹介し、あわせて陸標としてのウミヘビに関して考察した。

② 「墓地を通して見た世界:ハドラマウト、フライダの墓参とインド洋世界」(8月):南ア

ラビアのハドラマウト地方における墓参の事例として、同地方のフライダの墓地の墓参手順書(写本)『アフマド・ビン・ハサン・アッタースによるフライダの墓参手順』を読解・解析した。本報告について詳しくは、報告者の新井和広氏による論文「家系の広がりと墓参の役割:20世紀初頭の南アラビア・ハドラマウト地方の事例から」(『東洋研究』231号)を参照されたい。

③ 「シャリーフ=カターダと12‐13世紀のメッカ」(12月):イスラームの預言者ムハンマ

ドの生誕地であり、大巡礼の目的地であるメッカを長期にわたって支配したシャリーフ政権について概観し、とくにシャリーフ=カターダによるメッカ支配(1200-1221年)を編年的に詳説した。