Report

2018年度 研究班活動報告

「言語学・文献学」研究班

代表者
猪股 謙二

言語変化に関わる諸問題を各研究員が専門とする個別言語の諸相を研究し合いより普遍的な言語変化の動静を考究し言語の本質を探る。

研究員の活動内容(2月12日春季研究会の発表梗概)

(1)小池研究員の発表
ウェールズ語動詞の活用体系の記述の変化の一例を纏めたものである。ウェールズ語の主要構文に、一般動詞の屈折形を用いる屈折構文と、BOD動詞(英語のbe動詞に相当)と動詞的名詞を用いた迂言構文とがある。伝統文法では、一般動詞とBOD動詞の活用体系の記述の仕方が異なり、特に、-af(一人称単数)で終わる形が、一般動詞では「現在形」、BOD動詞では「未来形」と呼ばれる。用法面ではこれらの活用形は未来の意味を持つことが多い。Thomas(1996)の文法は、いずれの活用形も一貫して「未来形」と呼び、用法と範疇名が対応した文法記述を採用する。この記述には、修得の難しい屈折構文を学習者に分かり易く導入する意図がみられ、今後のウェールズ語文法記述において有効な説明であると考える。
参考文献
Thomas, Peter W. (1996) Gramadeg y Gymraeg(『ウェールズ語文法』). University of Wales Press
Thorne, David A. (1993) A Comprehensive Welsh Grammar. Blackwell.
Morris-Jones, John. (1913) A Welsh Grammar: Historical and Comprehensive. Clarendon Press.

(2)須藤研究員の発表
最初に研究対象の言語であるラテン語の特徴を紹介する。その後、古代末期以降のラテン語における語法変化を把握する目的で、J・クラクソンとG・ホロックスの共著『ブラックウェル歴史シリーズ・ラテン語の歴史』の8章部分「古代末期以降のラテン語」(Latin in Late Antiquity and Beyond)を抜粋的に要約する。具体的には、古代末期以降のラテン語に関して、グレゴリウス5世の碑文(999年)、ロマンス祖語、ラテン語からロマンス諸語への語法変化、さらに、古代末期以降におけるラテン語とキリスト教をそれぞれ項目別に要約する。これによって、古典ラテン語からロマンス祖語が生み出される段階で生じた、格変化の消失などを含む語形変化を歴史的に理解することができる。
参考文献
James Clackson and Geoffrey Horrocks, “The Blackwell History of the Latin Language.”
Malden and Oxford: Wiley-Blackwell, 2011.

(3)猪股研究員の発表
ヨーロッパ諸語にみられる態の範列的関係とされる能動態と受動態の関係は歴史言語学、類型論、生成文法の研究成果を踏まえたうえで総合的な視点から見直す必要性をあることを指摘した。特に、古典ギリシャ語の能動に対する中・受動の関係は現代諸語のものとは本質的にことなる記述の視点が必要であるとする理由を明らかにした。
参考文献
Ackema, Peter and Maaike Schoorlemmer (1994) The Middle Construction and the Syntax-Semantics Interface. Lingua 93. 59-90.
Alexiadou, Artemis and Elena Anagnostopoulou (2004) Voice Morphology in the Causative-inchoative Alternation: Evidence for a non-unified Structural Analysis of Unaccusatives. In Artemis Alexiadou, Elena Anagnostopoulou and Martin Everaert (eds.) The Unaccusative Puzzule. Oxford Univ. Press. pp.114-136.
Bartolotta, Annamaria (2009) Root lexical features and inflectional marking of tense in Proto-Indo-European. Journal of Linguistics 45. 505-532.

(4)武藤研究員の発表
原始キリスト教の言語のアラム語圏のキリスト教とアラム語圏のユダヤ教との近似性は、つとに指摘されてきたが、資料不足のため、肝心のアラム語自体の言語学的観点からの比較研究は僅少だった。しかし幸いなことに、21世紀になってようやく全貌が明らかになった死海文書のアラム語資料が、その研究史上の欠けを補う貴重なテクストを提供してくれた。そこで、今年度はその前2-前1世紀前後のユダヤ教アラム語オリジナル文書と初期キリスト教のそれとを比較した。その結果、殆どの場合、文法上根本的な相違は見られない中、最も特徴的なそれの1つが名詞のstatus absolutusの頻用と判明し、本発表では文脈上、語彙上、文法上の観点からその用法の特徴を明らかにした。
参考文献
Donald W. Parry/Emanuel Tov (ed./tr.), DSSR 3, 2005.
S. J. Pfan/P. S. Alexander/al. (ed./tr.), DJD 36, 2000.
É. Puech (ed./tr.), DJD 31, 2001.
(DJD = Discoveries in the Judaean Desert, Oxford: Clarendon)
(DSSR = Dead Sea Scroll Readers, Leiden: Brill)
Edward M. Cook, Dictionary of Qumran Aramaic, Winona Lake: Eisenbrauns, 2015.
Takamitsu Muraoka, Classical Syriac for Hebraists, Wiesbaden: Harrassowitz, 1987.
Takamitsu Muraoka, A Grammar of Qumran Aramaic, Leuven: Peeters, 2011.

【活動の日程】

  • 「夏季研究会」2018年7月23日(月)、18:00~19:30 於2号館8階会議室
    研究員の研究課題の確認と研究計画
  • 「秋季研究会」2018年10月29日(月)、18:00~19:30 於2号館8階会議室
    研究員の中間発表会
  • 「春季研究会」2019年2月12日(火)、14:00~18:30 於2号館8階会議室
    研究員の研究報告会及び今年度の活動内容の検討と予算執行状況の確認

コミュニティの学びと学校

代表者
仲田 康一 (報告者 田尻 敦子)

本研究班は、「こども像の変遷」という大テーマのもとで、「コミュニティの学びと学校」というテーマを設定し、学際的で国際的な研究活動を行っている。WEB会議システム(ZOOM)を用いたオンライン・ミーテイングを開催し、多様な専門性をもつ研究員の関係性を深め、多角的な視点から、現代における学びのあり方を探究した。
オンライン・ミーティングでは、「Zoom革命」というブログを運営し、協働的な学びを世界各国でファシリテートしているマレーシア在住の研究員の田原氏のコーディネートのもとで、お互いの研究への知見を深めた。Zoomを用いたオンライン・ミーティングにより、インドネシア、マレーシア、日本などの各地のコミュニティにおける学びの動向を踏まえて、それぞれの研究への示唆を得ることができた。
代表者の仲田康一、上野正道、田尻敦子、呉栽喜、渡辺恵津子、平山修一、申智媛、木下徹、高澤直美、イ・クトゥット・ブディアナ、趙衛国、佐藤悦子、田原真人、印鑰紀子、長野遼、末利光)は、コミュニティにおける学びのあり方をそれぞれのフィールドでの経験をもとに探究している。研究班のメンバーは、学校や幼稚園、保育所、教育施設、福祉施設など、さまざまな場において、フィールドワークを行い、教育、福祉、医療、介護等の接する領域での超域的研究を行っている。そのフィールドは、日本では、首都圏、山梨、東北、沖縄等の地域に根差している。国際的にも、中国やインドネシア、マレーシア、ヨーロッパ、アメリカ、アフリカ等、多様な民族、言語、文化に焦点を当てた研究を行っている。学問的領域も、教育行政、教育哲学、教育人類学、情報教育、美学芸術学、児童福祉等、多様な領域の研究を行っている。
こうした多様な領域の交錯する場でブレーンストーミングを行い、コミュニティにおける学びのあり方を探究する理論、概念、実践などをもとに対話をし、新たなアイディアやヒントを生み出し、それぞれの研究に生かすことができた。

【活動の日程】

  • 第1回 5月12日 於 各自のオフィス
    web会議システム(zoom)を用いた年間計画と方向性の確認
  • 第2回 7月28日 於 各自のオフィス
    web会議システム(zoom)を利用した研究計画
  • 第3回 8月25日 於 各自のオフィス
    web会議システム(zoom)を利用した研究協議
  • 第4回 10月20日 於 各自のオフィス
    web会議システム(zoom)を利用した研究協議
  • 第5回 1月26日 於 各自のオフィス
    研究の省察と総括

中国古代文化の研究

代表者
吉田 篤志

中国古代文化の研究に欠かせない出土資料報告書(『上海博物館蔵戦国楚竹書』『清華大学蔵戦国竹簡』『嶽麓書院蔵秦簡』『北京大学蔵漢簡』他)やその研究論文・著書(字書・索引等を含む)等(『古文字研究』『古文字学』『簡帛研究』他)が今年度も多く出版された。それら購入資料の選択は研究班代表の吉田が担当した。思想哲学・文字学分野は吉田が担当し、天文暦法分野は成家が担当し、『人文科学』第23号に「チナ(Cina / China)の語源-古代西方(インドを含む)が中国を指す呼称Cīna、Chinaの語源-」を『人文科学』第23号(人文科学研究所 2018年3月)に掲載した。また研究会等は吉田と成家とが適宜会合した。

【活動の日程】

  • 4月12日(木) 12:30〜15:00 於板橋校舎吉田研究室
    『人文科学』(成家)の進捗状況および出土資料関係図書の情報交換認
  • 5月28日(月) 12:30〜16:30 於板橋校舎吉田研究室
    研究状況(吉田)の報告と情報交換
  • 7月30日(月) 12:30〜17:30 於板橋校舎吉田研究室
    『人文科学』(成家)の進捗状況および出土資料関係図書の情報交換
  • 12月1日(土) 13:00~15:00 於板橋校舎吉田研究室
    於板橋校舎2号館2-0221会議室
    研究報告会(全4報告)参加
  • 1月26日(土) 13:30~15:30 於大東文化会館K-302
    座談会:東洋研究所兼担研究員のが「共同研究班とは?東洋研「藝文班」継続30年来のナゾ」と題して講演 不参加
  • 1月28日(月) 13:30~17:00 於板橋校舎吉田研究室
    年度総括と情報交換

達受所蔵過眼金石書画目録編集

代表者
澤田 雅弘

「達受所蔵過眼金石書画目録」(仮名)の編集刊行を目的に掲げ、その根幹資料となる達受自編年譜『宝素室金石書画編年録』を読了し、同書所見の金石書画類の抽出と記録を進め、その一次整理を終えた。ついで浙江省博物館所蔵原稿を底本とする詩集『小緑天庵吟草』四冊について、『宝素室金石書画編年録』所見記事との照合を行い、「達受所蔵過眼金石書画目録」の補正作業を進めている。

【活動の日程】

初年度は、研究員それぞれが設定した研究対象に沿って研究を進めた。新型コロナウイルス感染予防の観点と海外にいる研究員2名の事情も配慮して、組織当初計画していた中間報告の集会は開催しないこととし、全てリモートワークの方法で、研究の進捗報告、『人文科学』誌投稿者の選出、次年度刊行予定の当該班研究報告書掲載の各研究員の論考仮題目の提出、その他情報交換等を行った。

  • 4月26日(木)
    抽出事項の整理方針について確認(於澤田研究室。以下同様)
  • 6月28日(木)
    『宝素室金石書画編年録』所見金石書画類目録稿の文字データを共有し、併せて『小緑天庵吟草』所見記事の抽出方針について意見を交換
  • 7月26日(木)
    『小緑天庵吟草』所見記事の抽出作業の問題点について意見を交換
  • 9月20日(木)
    『小緑天庵吟草』所見記事抽出作業の進捗と問題点の有無について情報を交換
  • 10月11日(木)同上
  • 1月17日(木)
    今年度の作業の見通しと今後の計画について意見を交換

日本文学における歴史的事象の研究

代表者
美留町 義雄

本研究班では、明治以降の日本文学を題材にして、近代化にともなう歴史的な変遷に目配りをしつつ、その時代性の中で文学テクストを読み直す作業を行ってきた。基本的には、研究員の専門とする作家を扱い、研究会で口頭発表を行い、質疑を通じて多角的に批評しながら、それぞれの研究を深めるという作業を行った。以下にその成果をまとめる。

美留町義雄研究員は、著書『軍服を脱いだ鴎外―青年森林太郎のミュンヘン』(大修館書店、2018年7月)を刊行し、プライベートを満喫できた鷗外のミュンヘン生活に焦点を当て、軍の人間関係に束縛されていたベルリン滞在とは異なるもう一つのドイツ体験を提示した。

滝口明祥研究員は、論文「戦時下における〈信〉という問題系―太宰治と戦争」(『太宰治と戦争』ひつじ書房、2019年6月刊行予定)において、戦時下の太宰作品では〈信〉が重要な問題系をなしており、それが読者との結びつきを強化するための手段として機能していることを明らかにした。

中山弘明研究員は、論文 「『明治文学談話会』と文学史ー学問史/〈談話〉の力」(『日本近代文学』98号 2018年5月)において、〈学問史〉の視点から近代日本文学研究の再検証を進めた。特に、日本近代文学会の源流ともされる「明治文学談話会」の活動状況について、機関誌『明治文学研究』他を精査し、その中から木下尚江ほかの〈談話〉の記録を跡づけ、文学史の更新に繋げる作業を行った。

下山孃子研究員は、論文「秋聲の自伝的小説『黴』と『光を追うて』の間」(大東文化大学日本文学会編『日本文学研究』58号2019年2月)において、これら二作品の違いに着目し、『黴』においては、秋聲は笹村の知識人的側面と、元士族階級という社会の上層的側面を封印し、市井の一庶民の姿を前景化することによって、人間の実存的在りようは生活(暮し)である、という一つの真理を提示し、自然主義的作家の位置を不動のものにした、と結論付けた。

木村陽子研究員は、論文「鹿鳴館のアダプテーション-銃声の多義性と選択-」(大東文化大学日本文学会編『日本文学研究』58号2019年2月)において、三島由紀夫の戯曲作品の上演史をたどり、特にラストシーンの銃声の解釈に注目し、三島が戦略的に織り込んだ原作戯曲の多義性を明らかにした。

山田悠介研究員は、論文「上橋菜穂子『鹿の王』への一視角」(大東文化大学日本文学科(編)『日本文学研究入門』2019年2月)において、『鹿の王』が自然と人間の関係を主題とする「環境文学」というジャンルに位置づけられる作品であることを明らかにするとともに、「病」、「食」、「場所」、「動物」に焦点を当てて作家論および作品論を展開することが可能であることを論じた。

【活動の日程】

  • 2018年6月24日(土)15:00~17:00 於大東文化会館
    研究発表:山田悠介『反復のレトリック―梨木香歩と石牟礼道子と』を読む
  • 2018年10月13日(土)15:00~17:00 於大東文化会館
    研究発表:美留町義雄『軍服を脱いだ鴎外―青年森林太郎のミュンヘン』を読む
  • 2019年2月17日(日)15:00~17:00 於大東文化会館
    研究発表:木村陽子『安部公房とはだれか』を読む

※次年度より、黒田俊太郎氏(鳴門教育大学准教授)を新たに研究班メンバーとして迎える

東アジアの美学研究

代表者
河内 利治

我々の共同研究班である「東アジアの美学研究」班は、本研究班の前身である「中国美学研究」班の成果を踏まえ、研究範囲を中国から東アジアへと拡大し、より本格的な研究を行うことによって、2006年度の所報で述べた最終目標に向かっていくことを目的として2011年度に立ち上げたものである。今年度も引き続きその目標に向かって研究を推し進めながら、加えて「平成30年度私立大学研究ブランディング事業」(申請中)の研究チーム8つの中の「“道”研究」チームとして、次のような研究プログラムを今年度から実施することになった。“道”と“書”をめぐる漢学・書道の知的資源の基盤整備を行い、中国美学の観点から「東洋人の“道”」思想を明らかにするための学際的研究拠点を形成することで、本学が「道」と「書」という分野のリーディング大学であるという地位の確立をめざす。本プログラムの2018年度からの五年間の研究成果として最終年度には「“道”研究論集」の発刊を目指すことになる。よって、今年度の本研究班の活動は、従来からの研究に加え、“道”に関する研究も加わった。毎月の研究会の内容は次の通りである。

【活動の日程】

  • 第一回 4月23日(月)(18:00~20:00)大東文化会館K-301教室
    年度初めの打ち合わせ
  • 第二回 5月28日(月)(18:00~20:00)大東文化会館K-404教室
    「「香爐」から立ち上る「紫煙」に導かれた幻想-李白「望廬山瀑布二首」其二の「新たな解釈」(報告者・宮下聖俊)
  • 第三回 6月25日(月)(18:00~20:00)大東文化会館K-401、402教室
    「文芸にまつわる「道」について」(報告者・秋谷幸治)
  • 第四回 7月30日(月)(18:00~20:00)大東文化会館K-404
    「温庭筠「商山早行」に対する批評について」(報告者・鈴木拓也)
  • 第五回 9月24日(月)(18:00~20:00)大東文化会館K-404
    「中国印論における品等の変遷」(報告者・川内佑毅)
  • 第六回 10月29日(月)(18:00~20:00)大東文化会館K-404
    「『論語』における「道」の使用例ならびにそれに対する何晏『論語集解』の解釈例」(報告者・荻野友範)
  • 第七回 11月26日(月)(18:00~20:00)大東文化会館K-404
    「『論語』の「道」-吉川幸次郎氏における解釈」(報告者・葉山恭江)
  • 第八回 12月17日(月)(18:00~20:00)大東文化会館K-404
    「先秦文字史料にみる〈道〉字の異体字について」(報告者・亀澤孝幸)