日本古代の郡役所(郡家)と郡役人(郡司)
講座内容
≪ 古代・中世の東国史を学ぶ Part37 ≫
日本古代の郡司について-武蔵国足立郡を中心として- (10/9)
古墳時代に各地域を支配していた豪族たちは、その多くが奈良時代以降には各国の郡役人(郡司)となって、律令制度の下で旧来からの地域支配を継承します。ここでは、中央(平城京)で異例の出世をしたのちに、故郷の武蔵国足立郡に戻ってからは氷川神社の神官(武蔵国造)としても大活躍した武蔵国足立郡司の子弟であった丈部直不破麻呂の生涯を御一緒にたどります。
(担当講師:宮瀧 交二)
発掘からわかる古代郡家の実像 (10/16)
古代の律令制下では、66余りの国の下に587を数える郡が置かれ、そのひとつひとつに郡家(郡役所)が設置されていました。有力豪族から登用された郡司が、ここを拠点に郡内の政治を行なっていました。このように地方支配の末端行政機構である郡家は、一般の村落とは異なる特徴的な構造や景観を有していました。本講義では、東国での発掘事例を中心に、こうした郡家の実像に迫ります。
(担当講師:田尾 誠敏)
発掘された郡家~武蔵国幡羅・榛沢郡家を中心に~ (10/23)
『上野国交替実録帳』によれば、郡家には正倉・郡庁・館・厨家があったとされ、これらの施設の実態は、発掘調査により明らかになりつつあります。また、郡家は交通の要衝に位置し、郡内外と陸路・水路でつながっており、周辺には集落が広がり遺跡群を形成している例が多くみられます。講座では、北武蔵の幡羅・榛沢郡家を中心に、史料ではわからない郡家の姿や機能、景観について、遺跡から考えていきます。
(担当講師:知久 裕昭)
古代武蔵国の郡家正倉「神火(じんか)」事件-放火され失脚した郡司の悲劇- (11/6)
8世紀の後半から9世紀を通じて、全国各地の郡役所(郡家)の正倉が落雷等により全焼するという事件が頻発します。こうした火災は、実は、終身官である現職の郡司を、火災の責任を取らせて失脚させ、新たに郡司の職を得ようと企む新興勢力が引き起こした放火事件であったとみられています。神護景雲3(769)年9月に、武蔵国入間郡家の正倉が火災となった事件もその一つであったとみられています。ここでは、郡司の職を巡って争う旧勢力と新興勢力との「仁義なき戦い」を御紹介します。
(担当講師:宮瀧 交二)
テキスト
レジュメを配付します。
- 講座番号(会場)
- 105(東松山キャンパス)
- 回数
- 全4回
- 曜日・時間
- 金曜日 10:00-11:30
- 期間
- 10月9日(金)~11月6日(金)
- 日程詳細
- 10/9・16・23
11/6 - 定員
- 34名
- 受講料
- 一般 8,000円 (学生 6,400円)
講師紹介
- 宮瀧 交二(みやたき こうじ)
- 大東文化大学文学部歴史文化学科教授
図書館長 - 1961年生まれ。立教大学大学院文学研究科博士後期課程史学専攻(日本史専修)博士予備論文提出退学。博士(学術)[新潟大学大学院現代社会文化研究科]。専門は日本古代史、博物館学、観光歴史学。著書に『岡倉天心 思想と行動』[共著]他。(公社)日本博物館協会 平成25年度棚橋賞受賞。
- 田尾 誠敏(たお まさとし)
- 大東文化大学文学部歴史文化学科非常勤講師
- 東海大学文学部卒業。専門は考古学、博物館学。論文に「相模国における官衙・初期寺院の景観とその形成」(『古代東国の地方官衙と寺院』山川出版社、2017年)、「相模国の郡家と国府をめぐる諸問題」(『考古論叢神奈河』第25号、神奈川県考古学会、2018年)他。観光考古学会常務理事として活動中。
- 知久 裕昭(ちく ひろあき)
- 深谷市教育委員会文化振興課 課長
- 明治大学文学部史学地理学科考古学専攻卒業。専門は日本考古学(古代官衙・集落)。著書に『武蔵国幡羅郡から見た古代史』他。幡羅官衙遺跡の公有化と史跡整備に向けて取り組み中。
