大東文化大学 文学部/多文化共生を目指す新しい価値の不断の創造大東文化大学 文学部/多文化共生を目指す新しい価値の不断の創造

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学部長からのごあいさつ

文学部長 荒井明夫文学部長 荒井 明夫

大東文化大学は、現在、文学部など8学部20学科、文学研究科などの7大学院研究科で構成され、約1万2千人の学生を擁する総合大学として発展してきました。

大東文化大学の前身、大東文化学院は1923年9月20日に文部省の設置認可を受け、私立専門学校として開校しました。まもなく創立百周年を迎えます。大東文化学院は、国庫補助による全額給費制度を掲げたこと、東洋文化について教育を行うことを第一の目的に謳っていること、などの理由で特殊な性格をもって設立された、当時の専門学校でした。

今日の大東文化大学は、建学の精神を「漢学(特に儒教)を中心として東洋の文化を教授・研究することを通じて、その振興を図ると共に、儒教に基づく道義の確立を期し、更に東洋の文化を基盤として西洋の文化を摂取吸収し、東西文化を融合して新しい文化の創造を目ざす」と説明しています。この建学の精神は、社会の進展と時代の変化の中で常に検証され、今では「多文化共生を目指す新しい価値の不断の創造」と読み替えられています。

文学部のルーツも大東文化学院発足まで遡ることができます。大東文化学院発足時、教育課程表には、「漢学」という名の中国文学・中国思想に関する授業科目や「皇学」という名の日本文学・日本思想に関する授業科目がみえます。これが今の日本文学科と中国文学科のルーツです。

大東文化学院は、戦後、新制大学として生まれ代わり1949年に東京文政大学と改称し、この大学は文政学部1学部で、日本文学専攻、中国文学専攻、政治経済学専攻という3専攻でした。1953年4月に大東文化大学と改称し、1962年に文政学部が文学部と経済学部に分離、独立して今日に至るわけです。その文学部は、1967年に英米文学科、1972年に教育学科、2000年に書道学科、2018年に歴史文化学科が開設され、現在6学科になっています。

次に、大東文化大学の位置を、世界と日本の大学史の中で確認してみましょう。

世界最古の大学と言われるボローニャ大学などは12~13世紀に中世都市のネットワークを基盤に誕生しました。近代国家成立以前にこうした大学は登場していたわけです。そこでは自由学芸(リベラル・アーツ)と呼ばれる科目郡、すなわち文法学・修辞学・論理学・数学・幾何学、天文学、音楽、の計7科の修得と、その上に立つ法学・医学・神学の専門教育が行われていました。自由学芸(リベラル・アーツ)は,人間が持つ必要のある最低限の教養の基本と見なされていました。文学部のルーツもここにあります。一つは人間にとって最低限の必要な教養として7科が指定されたこと。当時の神学部は、聖職者と宗教科目の教員養成が目的とされていました。その流れの中で、後に哲学が独立し文学部のルーツになっていきます。後に、産業革命の時代、大学は、社会の分化に対応した専門の研究と教育、及び社会的価値の検証と探求を重大な使命として今日に至ります。

一方、日本の近代的大学は、ヨーロッパの大学が辿る歴史とは全く異なっていました。第一は、小学校などの近代学校教育制度とほぼ同時期に発生し発展してきた点です。第二は、とりわけ日本の場合、常に近代国家(政府や社会)との関係が問われたということです。とりわけ近代的な大学制度を確立した1886年の帝国大学令は大学の目的として「国家ノ須要ニ応スル学術技芸ヲ教授」するとありました。日本の場合、大学は、良きにつけ悪しきにつけ、国家に役立つということが最初から求められたのです。

それでは、私たちの文学部の存在意義と社会的役割はどこにあるのでしょうか。

日本では「大学は国家・社会に役に立つかどうか」が常に問われる社会的な土壌が形成されてきました。ここで考えたいことは「役に立つ」ということです。

結論からいえば「役に立つ」とは二つの、全く異なるベクトルがあるといえます。ドイツの社会学者・マックス・ウェーバー(1864-1920)のいう「目的合理的行為」と「価値合理的行為」に倣って、「技術的な有用性」と「価値的な有用性」と区分することにします。

「技術的な有用性」とは、理工系の知と技術です。例えば、今から50数年前、東京と大阪という二大都市を早く結ぶ交通網を整備するという社会的価値とその要請に基づき、新幹線が開発されました。これは理工系の知と技術の成果です。

それに対し「価値的な有用性」とは理工系の知と技術が開発した成果を活用するのは、いうまでもなく生身の人間です。先の例では、新幹線を駆使するのも人間です。その技術を活用する人間が、どのような価値意識・モラルでそれらを活用するかが鋭く問われます。価値意識やモラルが崩壊してしまっては理工系の知と技術が開発した手段・道具は、人類社会に対する凶器に転化してしまいます。

さらにいえば、人間が生きている以上、社会的な価値認識自体が変化していきます。歴史の長いスパンで考えた時、社会の目的や価値の軸というものは必ず劇的に転換します。上の例でいえば、東京と大阪の二大都市を高速で結ぶ交通網を整備するという1960年代の人々が共有していた社会的価値の軸は、2020年代の今日では、環境を大切にし騒音を抑えるという新しい社会的価値に転換しています。

こうして1960年代の社会的価値は大きく、劇的に転換したのです。

ではこうした社会的価値意識・モラルはどこから生まれてくるのでしょうか。「技術的な有用性」の中からはこうした新たな価値意識は出てきません。それが可能となるのは、人間が生きている現代社会の中の価値の捉え直し・見直しからです。

そこで現代社会に生きる人間は、社会の不合理・不条理を直視し、それを批判的に捉えること、現代社会に「当然」として瀰漫している風潮に疑問を提示すること、が求められます。いいかえると社会に広がる価値(意識)とどう向き合い、交渉し、対話し、新たな価値を創出するかということです。

文科系の学問とは、この異なる価値軸の問題に対して極めて有効です。

理工系の知と技術は「国家・産業に役に立つ」かもしれませんが、文科系の知と技術は「人間存在そのもの」に対して役に立つということができます。なぜならば、人間は他人になることは絶対できません。しかし他者を理解することはできます。文学を通じて他者の生き方・考え方・心理を深く読み解くことで限りなく他者に近づくことができます。また芸術は、歴史の中で生成されてきた文化の重要な一翼を担います。歴史学は、現在とは異なる社会の価値意識の中で人々が生きた過去の世界を知ることができます。それらを通じて、私たちは自分たちが当たり前だと思っている現在の社会的価値を相対化し、新たな価値の創造がいかに大切かということがわかってくるはずです。

そこにこそ文学部の存在意義と社会的使命があると思います。

文学部という学部の特徴・そこでの学問の特徴をしっかりつかみながら、文学部に学ぶ学生のみなさんには、これまでとは異なる「学び」をしていってほしいと願っています。

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