7月10日(金曜日)、東松山キャンパス内の「M-Hall」において、「キャリア特殊講義(問題解決学入門)」の最終報告会が行われました。「問題解決学入門」は「旅行産業論」「地域文化の探求」(後期)と並ぶPBL型の授業の一つです。「課題出し」は(株)らいふホールディングスにご担当いただきました。らいふHDは「生活環境防衛企業」を標榜し「超高齢社会における安心生活支援事業」と「食と環境の安心安全を守るコンサルティング認証事業」を「社会使命事業」として展開して いる21世紀型の企業です。
課題
らいふHDより提示されたきわめて難易度の高い課題に、11名の学生たちが2つのチームに分かれて取り組んできました。6月12日の中間報告を経て、その成果が吉田伸一代表と野中千秋氏の前で報告されました。
中間発表
最終報告会
Aチーム
チームAは、仕事も社会活動もしていない元気な高齢者が多いことに着眼し「健康な高齢者のためのテーマパーク」を提案しました。その名は「遊結縁」。高齢者に、遊びながら人や趣味に出会うきっかけを提供し、遊びの中で気軽に「介護」に触れ、関心をもってもらうことが目的です。
「遊結縁」は、実に多様なコンテンツから構成されます。一階には「食堂縁」「家庭縁」「技術縁」「美術縁」「畳縁」「カラオケ縁」「談話縁」「相談縁」。二階には「体操縁」「ゲートボール縁」「プール縁」「温泉縁」「ガーデニング縁」「動物ふれあい縁」「足湯縁」等々。毎日または定期的にレクリエーションやイヴェントも開催されます。もちろん、それだけではありません。「遊結縁」には、「遊びの中で介護に触れる」というもう一つの理念を体現した「遊支縁」があります。「遊支縁」の「ミッション型介護体験」システムでは、要介護者体験(車椅子で段差を上る、耳栓を付けた状態での会話等)と介護者体験の両方を、ゲーム感覚で(!)段階的に経験することになります。「身構えず、軽い気持ちで介護体験」といったところでしょうか。
「遊結縁」は「リレイター(遊結縁を支え、高齢者同士を繋げる仕事)」というスタッフにより運営されます。「リレイター」には、時間に余裕のある健康な高齢者を雇用します。
最大の問題は、収支をどうするかということです。中間プレゼンでも指摘された「難問」です。1日の来場者数を1000人と想定。入場料は一人1500円。1000円分は「遊結縁」内通貨ポイントとして顧客に提供し、500円を運営資金に回すという考えです。500円の内訳は、200円分が「リレイター」の時給、300円が施設運営費ということになっています。「リレイター」も「遊結縁」の顧客の一人ですから、200円は事実上「遊結縁」の運営に還元されることになるといいます。なお「縁」の利用料(ポイント)は変動制。利用者の多い人気の「縁」ほど利用料が高くなる仕組みです。
「遊結縁」のさまざまな「縁」で高齢者が繋がり、「遊支縁」の楽しい雰囲気の中で、要介護者や介護者の身体感覚や気持ちを体験的に理解することは、「介護が必要な高齢者を健康な高齢者が支える社会づくり」に向けての地道な第一歩ということができるのではないでしょうか。
Bチーム
「Silver Happy Project」と題されたチームBの提案は「リハビリ施設型の複合商業施設」です。「高齢者向けの商業施設って知らないな~」がきっかけでした。「高齢者向け」を掲げている大規模な商業施設を調査した結果「高齢者に特化した『高齢者のための高齢者による』商業施設がない」ということがわかりました。
高齢者向けの商業施設に必要なものは何? チームBは、高齢者や介護職の方の生の声を聴くために(株)らいふの老人ホームを訪ねました。想像もしなかった要介護高齢者の外出にともなう不便さについて知ることができました。たとえば「食事の際に刻み食用のハサミを持って行かなくてはならない」「『とろみ剤』を持参しなければならない」「低い棚がないので、商品を自分で手にとれない」「通路が狭く、車椅子では入れないところも多い」「高齢者がトイレに頻繁に行くことへの配慮が少ない」等々。
老人ホームでのヒアリング調査をふまえ、チームBは「ハッピーシニアモール あゆみ処」という商業施設を提案しました。「あゆみ処」には三つの特徴があります。第一は、商業施設がリハビリ施設の要素を兼ね備えていること。買い物をしながら(期せずして)「歩行訓練」や「脳トレ」ができる一石二鳥の仕掛けになっています(中間報告において、津阪正明氏から「ある種の逆転の発想」と評価されました)。第二の特徴は、店内の装飾関連にあります。自然の中を散策しているような緑の豊富な店内。
店内放送には、昭和の時代を思わせるレトロな音楽を使用します(音楽が認知症高齢者のQOLを向上させるという研究結果をふまえた仕掛け)。第三の特徴は、店舗の種類にあります。食品カット用のハサミや「とろみ剤」が常備され、ペースト状の食事も提供できる「フードコート」。店舗の並びには、気軽に立ち寄れ「人と人との会話が生まれる場所」を設置。さらに、要介護高齢者に「旅行気分」を味わってもらうため、月替わりで全国津々浦々の特産品を販売する物産展を常設します。 「あゆみ処」を運営するスタッフは、65歳以上の元気な高齢者。特別な資格を必要とはしません。
元気な高齢者が、要介護高齢者に声をかけ、見守る。「あゆみ処」は、健康な高齢者が要介護高齢者を支えながらお互いの「生きがい」を高め合うことができる「楽しい社会」の縮図といってよいかもしれません。
全体講評
プレゼン終了後、吉田代表と野中氏から全体講評をいただきました。
チームAに対して。「遊結縁」には、抜群のネーミングと鋭い観点が散見される。しかし、コンテンツには「盛り込み過ぎ」の感があり、高齢者を困惑させることにもなりかねないのではないかとは、吉田代表の評。
野中氏からは、次のような問題点が指摘されました。多様なコンテンツの設定根拠がわかりにくい。はたして、素人である高齢者をひきつけることができるのか。1日1000人の集客をどのように実現するのか。
チームBに対する吉田代表の指摘は以下の通り。足を使い自分で調べるというフィールドワークは高く評価できる。プレゼンの仕方も、中間報告と較べると格段に説得力が増している。「フードコート」や「物産展」は実にいいポイントを衝いていると思う。しかし「あゆみ処」の構想は全般的に散漫であり、コンテンツの寄せ集めといった感は拭えない。「あゆみ処」ならではの魅力を検討すべきであったと思う。
野中氏からは、フィールドワークとプレゼン力の向上を評価した後で、「あゆみ処」に高齢者をどう集めるか(裕福な高齢者ばかりでない!)、必ずしも裕福ではない高齢者に足を向けてもらえるような「魅力」について、もっと議論する必要があったのではないかとの講評がなされました。
「遊結縁」と「ハッピーシニアモール あゆみ処」の提案は、それぞれにユニークで魅力的な構想です。これらをどうやって実現していくか。最終報告をもって授業としては一区切りですが、全体講評で指摘されたさまざまな課題を一つ一つ解決しながら、一歩ずつ構想の実現可能性を高めていってもらいたいと思います。
授業を担当した新里孝一教授より
今回のPBLの課題解決に向けては、次のような二つの観点を念頭に指導にあたりました。第一は、高齢者問題は、21世紀前半の超高齢社会で生きる学生にとって、いわば人生(キャリア)の「必修科目」であり、学部学科を問わない共通の課題であること。それにもかかわらず、難題であることと、若い学生にとっては緊迫性がないことから、この問題を考えようとも、また考えさせようともしていないのが現状ではないでしょうか。
第二の観点は、国際関係学部は「アジア理解教育の拠点校」を自負する、異文化理解の学部です。けれども「異文化理解」の対象は、外国文化理解に尽きるものではありません。高齢者も一つの異文化社会であり、高齢者を理解し、高齢者問題について考えることはれっきとした「異文化理解」であるといえるのではないでしょうか。
今回の授業で、この難題に「取り組まざるを得なくなった」学生たちは実に幸運であったと思います。彼らは、難易度の高い課題に果敢に挑み、専門家から一定の評価を得られるまでの見事なプレゼンを創造してくれました。授業担当者としては、参加してくれた学生それぞれが放つ思考の柔軟性(可塑性)とチームワークの底力にただ脱帽するばかりです。
「PBLは結果ではなくプロセスが大事である」とはよく言われることです。けれども、今回のPBL授業を通じて、それが半分間違いであることに気付かされました。プロセスも結果も重要であり、プロセスを「生き生きとした学生の成長の場」にするためには、結果に妥協しない指導態度が欠かせない(結果に妥協してはプロセスも成長の糧にはならない)という気づきです。学生の意欲や潜在力を引き出すための、「本物の」環境づくりの大切さを改めて痛感した次第です。
本年3月に「課題出し」をご快諾いただいて以来、らいふグループの吉田伸一代表をはじめ社長室の津阪正明氏と野中千秋氏には、本授業への全面的なご支援とご協力を賜りました。吉田代表の激励が、学生たちの意欲を喚起すると同時に、3ヶ月間にわたって課題解決作業を持続させた精神的な「原動力」になっていたように思います。記して深く感謝の意を表します。