Asia education

「企業と雇用B」・第1セッション(高齢社会事業の魅力と将来性)報告

  • Facebookでシェア
  • LINEでシェア
  • Xでシェア

 「企業と雇用B」第1セッションは「高齢社会事業の魅力と将来性」がテーマです。講師には、株式会社らいふ社長室長の津阪正明氏をお招きしました。なお、同社代表の吉田伸一氏には「企業と雇用A」の「特別講演Ⅰ」(企業で働くということ-その魅力と覚悟―)の講師をお務めいただきました。

1時間目(9月23日)

介護の実態を知る

 「単純でつらい仕事」「低賃金」「3K」。「介護の仕事」に対する世間のイメージは、けっして芳しいものではありません。メディアは「介護現場の厳しさ」ばかりを強調するけれど、その「厳しさ」にしても、それほど単純ではない! 津阪氏は喝破します。「喜怒哀楽、感動や苦楽など、巨大な社会で展開する人間の人生という劇場が圧縮・凝縮された仕事場」。それが介護の現場だといいます。介護の仕事は「一人一人の人間の最後のステージをいかに豊かにさせられるかというビジネスであり、一人の人間が一生かけて蓄積した経験を後世に伝えていくビジネス」。津阪氏は、介護職員の遣り甲斐や感動、そして苦労談も紹介しながら、介護という仕事には、高齢者の暮らしを支えることを通して、人生を考えるという創造性が求められることを力説されました。

高齢社会問題の核心

 現在、日本の65歳以上の高齢者は「3300万人超」。このまま高齢化が進めば、社会保障費(国庫負担)が飛躍的に増大することになる。高齢者の増加は、労働人口の減少と、したがって経済の停滞を招来する。経済が停滞すれば、学生の就職にも負の影響が生じ、若い世代が親世代を介護する環境がさらに悪化することになる。そうならないために、高齢社会という事業領域は「自立」する必要があると、津阪氏は言います。

高齢社会事業は、日本の発展の原動力に!

 津阪氏は、日本型介護の特徴をこう列挙します。「怪我をさせないよう細かな方法が決められたトランス」「ホテルのような見た目の美しいベッドメーキング」「礼儀正しい入居者と、入居者への礼節を重んじる職員」「掃除道具の置き場一つにも目を配る緻密な行政管理」等。世界的な高齢化の進展の中で、日本型介護が世界中から注目を集めているようです。日本の介護は「世界の先端にたって、世界の介護をリードする立場」にあると言います。「介護制度」「介護機器・用具」「介護技術」「介護施設運営の手法」等、『課題先進国』として培った高度なノウハウをもって、日本の高齢社会事業を国際的に展開する時代がすぐそこまで来ています。このことは、高齢社会事業が、日本の経済発展の大きな原動力となることを意味しているのです。

課題

 グループワークの課題は「介護の仕事を、(大学生が)有力な職業の選択肢にするためには何が必要か?」。(株)らいふHDの吉田代表は、高齢社会事業の自立化のために「大学でのキャリア講座は・・・もっとも重要な取組の一つ」だと言います。高齢社会事業の意義を理解し、主体的に「介護の仕事」を職業として選択する学生を増やすにはどうすればよいか? 9つのグループには(株)らいふの人事担当の立場にたって考え、(株)らいふが企業として何をすればよいかを具体的に提案することがもとめられます。例によって、最終報告の講評後に、講師の津阪氏より「ベスト3」が発表されることになっています。

2時間目(9月30日)

 9つのグループが、次のようなトピックについて議論しました。「『介護の仕事』に対するイメージがよくないとすれば、その要因は何か?(「3K」だけだろうか?)」「超高齢社会における『介護の仕事』の可能性としてどのようなことが考えられるか?」「『超高齢社会』において必要不可欠の仕事であることを多くの大学生が知らないわけではない。それにもかかわらず『介護の仕事』を職業として選択する学生が少ないのはなぜか?」「『介護の仕事』の意義を理解し、主体的に『介護の仕事』を選択する学生を増やすために、(株)らいふはどのようなことを行えばよいか?」。

 また「介護業界」の印象を一新させ、関心を高めるための大学生向けのコピーも提案することになりました。

3時間目(10月7日)

 9つのグループが(株)らいふの人事担当者の立場で、主体的に「介護の仕事」を職業として選択する学生を増やすためにはどうすればよいか、その具体的な方策を提案しました。

 介護業界に「3K」や「責任が重すぎる」といったイメージが付き纏っているのは、学生が、そもそも業界や「介護の仕事」を正確に知らないからだという意見が大勢を占めていました。それでは、若い人々が「介護の仕事」への認識を深め、身近に感じられるようにするにはどうすればよいか。

 「小中高の教育現場で、介護の授業を取り入れたり、人生の先輩としての高齢者を大学の講演に招く」(G1・G2)「職場体験やボランティアを学校教育の導入する」(G2・G3)。

 「幼稚園や商業施設など若者の生活圏の周辺に高齢者介護施設を併設する(高齢者施設周辺を一つの街に)」「高齢者施設を、外国人が日本文化を学ぶ場として活用し、高齢者と外国人、日本人学生が交流できる環境にする」(G1)。

 高齢者施設に健康寿命を延ばすための「初動負荷トレーニング施設」を設置し、「介護のための施設」から「『介護を必要としない生き方』を支援する施設」へと、高齢者施設のイメージを転換する。初動負荷トレを通じて、アスリートから高齢者まで、広く世代間の交流がはかれるようにもなる。

 

 特に大学生へのインセンティブを意識したこんな施策も提案されました。「企業と大学が連携し、就職に有利なインターンシップ制度やボランティア制度を創設する(G2・G4・G8)。「無料で介護等の資格がとれる、資格誘引型インターンシップの創設」(G5)「国際的、グローバルな仕事をしたいと考える大学生に向けて、日本の介護が最先端であることや、海外展開のためにグローバルな人材を必要としていることを強調する」(G6)。

 

 イメージアップ戦略の提案もありました。「憧れの職業制服ランキングTOP10入りをめざす」(G8)「介護のイカしたドラマを作る」(G5)、「介護にまつわる悪いイメージを払拭するのではなく、介護の仕事の魅力を発信するようなCMをつくる」(G9)等。

 「3K」の一因である人手不足による過酷な労働環境を解消するため、他業界との連携により、他業界が介護業に社員を派遣できる制度をつくるという興味深い提案もありました(G9)。

 「介護業界」への関心を高めるための大学生向けコピーを紹介しておきます。介護業界の印象を一新させられるほどのコピーはありやなしや。

 「あらたな産業、あなたの手から」(G1)、「介護のおかげで生涯安定」(G2)、「Not 3K, Yes 3S」(幸せな、新生活のためのサービス)(G3)、「あなたもいずれお世話になるでしょう」(G4)、「昔、日本を支えた人を支えるアナタ」(G5)、「自由自在な介護業界に」(G6)、「3Kではなく『3S』です」(3S=最先端・世界で活躍できる・尊敬される仕事)、(G7)「憧れの職業制服ランキングTOP10」(G8)、「3Kから『3K』へ」(3K=希望・海外展開・家族のような職場環境)(G9)。

講評と評価

 プレゼン終了後、津阪氏から、注目すべき提案を行った3つのグループ(ベスト3)が発表されました。最優秀に選ばれたのは、高齢者施設に、アスリートと高齢者がともに利用できる「初動負荷トレーング施設の設置」を提案したG5。 

 準優秀は、介護業界における人手不足の解消策として、他業界が介護業界に社員を派遣できる制度を提案したG9。G9のプレゼンにはありませんでしたが、ワークシートにはこう書かれています。「他業界の大企業と提携し、社員の『副業』を認めることで週1回の副業として介護に従事でき、介護業界の労働環境の改善にもつながる」と。奇しくも、10月23日付『朝日新聞』一面トップに「社員の副業 緩和へ指針:政府策定へ 企業の意識改革促す」という記事が掲載されています。意図とは少々異なるかもしれませんが、G9提案を後押しするような一面があるかもしれません。

 第三位は「憧れの職業制服ランキングTOP10入り」という、もっとも学生目線での、意外な提案を行ったG8に。

津阪氏の講評から

 津阪氏は、多くのグループが、介護のイメージが悪い要因として『責任が重い』ということを指摘したことに触れて、こうコメントされました。

 およそ仕事というものに、責任のない仕事はない。責任の軽重はもちろんある。けれども、責任が軽い仕事というのは、総じて遣り甲斐のない仕事だともいえる。責任の軽い、遣り甲斐のない仕事を進んでする人はいないのではないか。また、責任が重いと感じる理由として「人の命を預かる仕事」というイメージが強いのかもしれないが、国の安全基準(作業マニュアル等)もあり、介護者個人が特別なリスクを負うわけでもない。その意味で、介護の仕事は、他の仕事と何もかわるところはない。

 看護と介護のイメージの違いは何か? かつて看護が「3K」といわれた時代もあった。今、看護のイメージはそれほど悪くはないが、なぜそうなったのだろうか? 看護と介護のイメージの違いをもたらしているさまざまなレベルの要因を、たとえば諸外国の医学教育制度や医療制度との比較等により、もっと掘り下げて考察してもらいたかった。

板井氏の講評から

 板井明子氏からは、社会を認識するための留意点、そして企業選びのアドバイス等が語られました。

 介護業界のイメージへの「メディアの影響」を指摘したグループが多いが、メディアの流すイメージは公平でも客観的でもない。メディア・リテラシーを鍛え、メディアの特定の組織や勢力を利するための情報であるという側面、メディアのフィルターにもっと注意深くなる必要がある。

 1000兆円にもおよび、日本の総資産の40%にも上るといわれる日本の高齢者の資産。これは、介護業界のみならず、国内で事業を展開するすべての業界にとって、高齢者が共通の資源であり、もっとも優勢なマーケットであることを意味する。

 就職のための企業選びの際に、目先の人気やイメージにとらわれることなく熟慮を重ねて欲しい。「30年後の仕事の『60%』は、2016年現在にはなかった仕事になる」ともいわれている。換言すれば、今ある仕事の6割が30年後にはないということである。長期的な観点にたって自分の仕事を選択してもらいたい。

 

まとめ

 「高齢社会事業」を「企業と雇用」のテーマに取り上げたのは、国際関係学部の学生の進路希望調査で上位にある業界だからではもちろんありません。それには、以下の二つの理由があります。日本は、高齢化率25%を超える超高齢社会である。こうした事実の認識にとどまっている学生に、そして、将来、高齢化率35%という未曾有の時代を「高齢者の一人」として生きることになる学生に、さしあたり4人に一人が65歳以上の高齢者である社会とはどんな社会なのか、国の財政や経済活動、若者の就職や、人々の日常の生活はどうなるのだろうか。こうした視点をもって、将来への想像力を働かせてもらいたいと思ったからです。

 第二の理由は、ともすれば「3K」のイメージで捉えられがちな「介護を含む高齢社会事業」を正確に認識し、その不可避性と魅力(将来性)に気づいてもらいたいと思ったからです。板井氏が強調されたように、国内で事業を展開するすべての業界にとって、高齢者が共通の資源であり、もっとも優勢なマーケットであるとするならば、学生がどんな業界や業種に就いても高齢者への視点を持てなければやっていけないということです。そのためにも、高齢社会事業へのさまざまな「誤解」を払拭しておくことは、学生のキャリアにとっても有益だと考えたからです。

 高齢社会事業のフロントランナー企業である(株)らいふ津阪氏の魅力的な講話は、授業の狙いを捉えて余りあるものでした。津阪氏によれば、国庫負担に依存する高齢社会事業は、このままの状態では早晩破綻せざるを得ず、したがって高齢社会という事業領域は自立することがもとめられている。そのために「大学でのキャリア講座は、新しい未来を目指す21世紀型企業にとってはもっとも重要な取組の一つ」(吉田伸一代表)だと言います。その意味で、今回の授業でご提示いただいた「高齢社会事業(介護を含む)を、主体的に職業として選択する大学生を増やすには何が必要か?」という課題への取組には、高齢社会事業の自立化への戦略のみならず、日本社会の将来への処方箋が潜んでいると言えるかもしれません。

 最後に、穏やかな語り口ながら、しかし弛まぬ自信と情熱を湛えた津阪氏の言葉を、あらためて噛みしめたいと思います。「介護」は決して単純で辛い仕事ではない。「人間が蓄積した経験をいかに後世に伝えていけるかというビジネス」である。したがって「『介護』という仕事には、高齢者の暮らしを支えることを通して、人生を考えるという創造性が問われている」。

 

 (株)ライフHDの吉田代表には、刷新版「企業と雇用」の趣旨をご理解いただき、特別講演Ⅰに続き全面的にご協力いただきました。社長室長の津阪氏には、前期のうちから、「高齢社会事業」の理解を促すわかりやすい資料や「課題」の提案に知恵を絞っていただきました。また、人事課の板井氏とともに、拙速を拭えない学生グループのプレゼンの一つ一つに丁寧にコメントしていただき、「外れている点は一つもない。参考になった」と励ましてもいただきました。

 この授業を通じて、半年後には就職活動に入る学生たちの視野が拡がり、何よりも、津阪氏の講話を聴くことがなかったならば看過していたかもしれない「高齢社会事業」という有意義な選択肢を獲得できたのではないでしょうか。記して感謝の意を表します。ありがとうございました。