結婚考:マレーシア―種族別結婚年令と人ロ増加

堀井健三

種族と結婚年齢

結婚年齢がその国の人口増加率に大きく影響することは言うまでもない。統計学が結婚に関心を持つのは、ひとつにはこの人口増加という重要な問題にかかわっているからである。高齢結婚は人口増加に対して負の方向に作用する。とくに人口増加調整政策が実施されていない場合にはそうである。高齢結婚は子供を生む期間がそれだけ短くなるから当然である。

ところで、結婚年齢は種族別または人種別にみると異なる傾向があるといわれるが、複合多種族国家マレーシアではどのような現象がみられるであろうか。もし種族間で結婚年齢が大きく異なるとすれば、どのような理由がその背後にあるのであろうか。各種族がどのような結婚年齢パターンと人口増加率を有するかは、将来における政治・社会構造の安定性を問ううえで大きな影響力を持っている。人口の多数を占める種族が政治・社会的に支配力を占めるようになるからである。そこでマレーシアの主要な種族であるマレー、華人、インド人の結婚年齢とその相違の理由、および収入との相関関係をみ ることにしよう。

表1 種族別、性別、年齢別平均結婚年齢 (単位:才)
 マレー人華人インド人合計
年度男性女性男性女性男性女性男性女性
195722.117.125.321.624.417.223.119.0
197024.420.526.623.625.221.025.321.4
197425.221.427.023.826.121.0--

出所:Beuer, John "Age at Marriage and Earnings in Peninsular Malaysia". 1984年度、Michigan University における博士論文。32ページ、Table 2 より作成。

表1は上記3つの種族の平均的結婚年齢をみたものである。この表1からわかることは、1957年と1970年の人ロセンサスでみると両年では、男性、女性ともにマレー人の結婚年齢がもっとも低いことがわかる。ついで、インド人、華人の順になっている。1974年(Malaysian Fertility and Family Survey)ではインド人女性の平均結婚年齢がマレー人の女性より若干低くなっていて、逆転しているが、全体としてみた場合、マレー人の結婚年齢がもっとも低い。

もうひとつの特徴は、各種族とも平均年齢が年々高くなっていることである。マレー人男子は1957年から74年まで3.1才高くなっているし、女性は3.3才、インド人男性は1.7才、女性は3.8才、華人男性は1.7才、女性は2.2才高くなっていることがわかる。結婚年齢の高齢化率はマレー人がもっとも高く、ついでインド、華人の順になっている。華人はもともと結婚年齢が他の2種族と比較して高いことが、こうした統計数値を生んだとみられる。ではつぎに年齢別、性別に結婚累計値がどうなっているかをみてみよう。(表 2)

表2 結婚の年齢別、性別累計値(1970年)単位(%)
 マレー人華人インド人合計
年齢(才)男性女性(計)男性女性(計)男性女性(計)男性女性(計)
15~193.723(13)1.76(3.8)2.917(10)2.816(9.5)
20~243268(50)1440(27)2563(14)2557(41)
25~297791(84)5579(67)6894(78)6884(77)
30~349397(95)8791(86)8896(92)8894(91)
35~399798(97)9094(92)9498(96)9497(95)
40~449899(98)9397(95)9599(97)9698(97)
45~499899(98)9498(96)9699(97)9799(98)

出所:Ibid; 32ページ、Table 3 より作成。

この表2をみる限りでは、種族間には若年での結婚率にかなりの差がある。40~44才でみると結婚率は各種族間の差異はわずか1~3%であるが、20才代ではその差は大きい。たとえば、25~29才をみるとマレー人男性は77%に達しているのに対し、華人の場合は55%にすぎず、インド人の場合も68%である。女性の場合はマレー人91%、インド人94%に達しているが、華人は79%と他の両種族に対して12%、15%と大きな差を示している。華人の結婚年齢がここでも相対的に低いことが証明されている。インド人男性が25~29才で68%と低いパーセントを示しているのは、エステート労働者が多く、収入の低さが結婚率の低さに連動していると思われる。華人男性の結婚率が若年時に他種族と比較して、差があるのは華人は一般に高学歴志向型であり、充分収入が保証され生活できるまで結婚を見合わせるケースが多いからである。

これに対してマレー人の場合は農村人口が圧倒的に多く、食料が保証されているケースが多いこと、若い時に結婚しても村内、近在の血縁者が援助して生活が充分可能なことと関連している。筆者の経験では1960年代男性が17~18才で、女性が14~15才ですでに結婚し、30才を過ぎるとすでに孫がいるという例に数多く出会った。結婚年齢というのは社会的圧力、慣行によって異なるものであり、そのことが上記の種族間結婚年齢の差となって現れているのである。つまり、結婚を遅らせたり、早めたりする要因が各種族で異なるのである。しかし、諸要因のうち経済条件が結婚年齢を限定するもっとも大きな影響になっていることは言うまでもない。

種族と結納金

表3をみてみよう。この表は各種族ごとに結婚時に50リンギット(2.26リンギット=1U.S.ドル)の贈り物をもらった例を、統計で表したものである。

表3 結婚時での50リンギット以上の贈り物受領者
 マレー人華人インド人合計
受領者数21 (4%)212 (52%)54 (43%)287 (27%)
調査サンプル数5084101261044

出所:Ibid; 35ページ、Table 4 より作成。

全体的にみるとサンプル調査事例の27%が50リンギット以上の贈り物を受け取っているにすぎない。種族別にみるとその差は実に顕著である。つまり華人の52%、インド人の43%に対し、マレー人の場合にはただの4%にすぎない。経済水準が相対的に低いマレー人の実体がこの結婚時の贈り物の額にもみることができる。そこでさらに詳しく贈り物の額を各種族別にみると次の表4の如くである。

表4 種族別にみた結婚の贈り物の金額 (単位:%)
金額(リンギット)マレー人華人インド人合計
50~14056182222
150~24919192219
250~49910303028
500~149910211219
1500以上5121412

出所:Ibid; 35ページ、Table 5 より作成。

全体の贈り物のうち約70%が500リンギット以下である。種族別にみる華人の贈り物の金額が圧倒的に、他種族と比較して、高いことがわかる。贈り物は結婚相手だけでなく、両親にも送られる。しかし、この場合はほとんど現金である。つまり結納金である。サンプル調査例582のうち、62%が送っている。マレー人が58%、華人が69%、インド人が56%と種族別にあまり差がない。しかし、結納金の額は種族別に大きく異なる(表5)。

表5 種族別結納金の額 単位(%)
金額(リンギット)マレー人華人インド人合計
042314438
1~992512317
100~29916161316
300~4999101110
500~9995171911
1000以上11487

出所:Ibid; 36ページ、Table 7 より作成。

結納金、つまりダウリ(dowry―花嫁の持参金)や新郎が花嫁に払う金額(bride prices)はマレーシアでは結婚を決定するのに大きな役割を果たしている。マレー人は男性が花嫁に(実際には両親に)bride priceを支払うが、反対に華人とインド人は女性が新郎(実際には両親または家族)にダウリを支払うのが特徴である。しかし、bride priceやダウリに支払われる金額はあまり大きくない。インドでみられるようなダウリ慣行に伴う悲劇は起こっていない。しかし、スリランカから移民してきたインド人(タミール族)の間では、ダウリが大きな金額に達し、結婚が遅れる結果となっているといわれる。

統計(表5)からみる如く、インド人の場合、結納金が1~99リンギットが3例にすぎず、100リンギット以上が全体の52%に達している。インド人の経済水準を考慮すれば、ダウリはかなりの額に達しているとみることもできよう。マレー人と華人の場合でも本人の経済水準からみれば、結納金は極めて小額でも、彼らにとっては簡単に貯めることができる額ではないのである。

結婚と宗教

最後にマレーシアの各種族における結婚と宗教の関係について考えてみると、マレー人の場合に大きな特徴をみることができる。それはイスラーム教徒であるマレー人は他種族の異教徒と結婚する場合には、他種族にイスラーム教への改宗を強制することである。たとえば、日本人がマレー人と結婚する場合、イスラームへの改宗が要求される。改宗を認めない場合にはその結婚は法的に認知されない。

こうしたイスラームへの改宗が結婚に際して要求されるのは、州憲法において「マレー人とは慣習的にマレー語を話し、イスラームを信仰する者……」という条項が存在するからである。イスラームはマレーシアの国教であり(他種族はその他の宗教を信仰することは許される)、マレー人はイスラーム以外の宗教を信ずることはできない。イスラームを信仰することをマレー語でmasuk Melayu(マレー人になる)と言うが、マレー人にとってマレー語を慣行的に話すことと、イスラーム教徒であることが彼らにとって種族アイデンティティの核になっていることがわかる。

マレー人は異教徒と結婚することを許さず、改宗を要求することによって他種族を自分の種族のなかに取り入れ、新しい血を吸収する。華人とインド人という世界文明の伝統を担う2大種族と共存するにはこうした強烈な厳しい種族アイデンティティがないと、逆に他種族に吸収されてしまう危険性を感ずるからであろう。したがってマレー人の他種族との結婚は極めて少ないのが実態である。マレー人為政者はマレー人の人口を増加させる政策を実施しているが、それはインドネシアやフィリピンのミンダナオ、タイ等のイスラーム教徒を外国人労働者として導入し、次第にマレー人化する方法である。マレーシアにおける種族別結婚の実態をみていくと、人口政策との関連性に突き当たるのである。

初出誌情報

堀井健三 1992「結婚考:6.マレーシア―種族別結婚年令と人ロ増加」 大東文化大学国際関係学部現代アジア研究所編『ASIA 21 基礎教材編』 第2号 大東文化大学国際関係学部現代アジア研究所広報出版部会 pp.94-98.

お読み下さい

ここに公開している文書は、現代アジア研究所編『ASIA 21』中の「アジア諸民族の生活・文化誌」に寄稿頂いたものを、その当時のまま転載させて頂いたものです。 詳しくはこちら

結婚考:目次