姓名論雑考:インドネシア人

エデイ・ヘルマワン

伝来宗教の影響

約13,800の大小の島々から成り立っている輩翠のように散在する国、インドネシアに、およそ200の多彩な文化をもつ民族が住んでいる。いろいろな史籍をみると、インドネシアでは紀元78年、ジャワ建国後の4世紀より伝来したヒンドゥー教、仏教、キリスト教、イスラーム教などの文化がインドネシア人の姓名の作成に深い影響を与えた。

ベチャ引き(写真提供・篠田 隆)

ヒンドゥー教、仏教が入った区域、例えば中部と東部ジャワにおいての姓名は、インドの語彙、すなわちサンスクリット語彙から選んで工夫された。現代の氏名、SuciptoのSu(Shu)はサンスクリットあるいは古ジャワ語では、良好、綺麗という意味で、ciptaはcitaから変化して、理想および創造にあたる。Ngaliman、利口、優秀とBudi、知恵もインド文化の影響を受けた普通の氏名であろう。同様に女性の名前では、例えば、Ratna(宝石)、Dewi(女神)、PratiwiまたはPertiwi(地球、世界)、Kurniasih(天賜)などがある。Pratiwiは中部と東部ジャワで、Kurniasihは西部ジャワで、RatnaとDewiはインドネシア全土のどこでも大変流行している。スマトラの女性、特にアチェー一帯ではチュットは有名で、抗オランダ闘争の女傑のチュット・ニャデインもその流行の原因となっているであろう。西部ジャワでは、Nani、Niti、Wiwiが女性の名前としては非常に人気がある。

95%を占めるイスラーム信仰者の社会において、中近東の女性に対する敬慕を示す名前であるJamila、Leila、Fatimaや男に対してIsmail、Mohamad、Abdul、Umarなどが使われるのも当然であろう。

西洋文化に対する好感という理由でつけられた名前に、Betty、Diana、Elizabeth、BerthaないしJulianaなどがある。

キリスト教関係の女性の名前では、Theresia、Mariaなど、男性ではMikhail(Michael)、Martinus、David(Daud)、Joseph(Jasuf)などがあり、キリスト教徒が宗教人口の第2位を占めるインドネシアではやはり少なくない。

そして、Chris(菊)、Roslaini(バラ)、Dahlia(ダリア)、Melati(ジャスミン)、Lily(ユリ)など花の名前をもつ女性はもちろんどこにでも存在する。

命名さまざま

インドネシア人の苗字は一般的にはないらしい。例えば、Ngalimanは名前と氏名を一括している。しかし、子供は父の名前を苗字として使う。Yanti(女)NgalimanのNgalimanは苗字といえる。Rusli Yunusでは苗字がどちらになるのかはわからないが、子供の名前はRizkan(男)Rusliなので、Rusliは苗字になるらしい。

命名するとき、宗教、習俗などに従うことは普通である。ジャワでは、カレンダーに十二季節が載せられている。Tuhan Allah、アラーのもとに天と地、宇宙のすべてのいいことをあわせて、悪い季節によって性格に与える悪影響を排除して、強くするために、いい名前をつける。たまに、動物の名称、Bagong(猪)をつけるときがあるが、稀である。Bagongにはもう一つ大きいという意味がある。大自然にかかわる名前、Surya Atmajaは太陽のような男子、緑を守る女性の名前、Lona Pandansari(香草)の真髄と月(?)はその例である。

バリ人の名前の特色の一つは、兄弟の身分をはっきりつけることである。Wayanは1番、5番の子供の称号で、男はIWayan、女はNiWayanをつける。Madeは2番、6番、10番の子供に、Nyomanは3番、7番、11番の子供に、Ketutは4番、8番、12番の子供に与える称号である。例えば、Ketut Tantri(女性)、Imade Dastra(男性)などのように。

茶つみ(写真提供・篠田 隆)

結婚して、女性の名前は夫の姓(苗字)に従う例があるが、これは伝統的なことで、新婚姻法と民法においては、強制的ではない。しかし、インドネシアの女性が日本の男性と結婚するとき、名前はNyonya(婦人)Monika Furuhataになった。

インドネシアでは敬語がきわめて重視されている。年配者に対して単語のPak(男性)あるいはIbu(女性)を呼ぶ。Bung、友は愛称である。オランダ政庁時代の少女に対する愛称のJantje、Tintjeなどは残念ながら消えつつあるようだ。

姓名の行政措置

オランダ政庁の影響もあって、公式の改名は、たとえ一つの文字だけでも、法的に申請許可を得なければ無効である。

1966年12月よりインドネシア国籍をもつ華商に対して、大統領内閣決定127号で改名の進めがあった。華人のかわった名前についての「蛛絲馬跡」(手がかりがつくこと)にはまだ少しみられる。例えば、TaslimはLimとの関係があるだろう。そして、改名期限以後に生まれた人々、または改名を望まない人々は、十二支の「生肖」(動物にふりあてたもの)と「八字」(出生した年月日字に相当する干支の八字)との組み合わせによって氏名を作る慣習に従うことがまだ可能と思われる。

初出誌情報

エデイ・ヘルマワン 1991「姓名論雑考:4.インドネシア人」 大東文化大学国際関係学部現代アジア研究所編『ASIA 21 基礎教材編』 第1号 大東文化大学国際関係学部現代アジア研究所広報出版部会 pp.81-83.

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ここに公開している文書は、現代アジア研究所編『ASIA 21』中の「アジア諸民族の生活・文化誌」に寄稿頂いたものを、その当時のまま転載させて頂いたものです。 詳しくはこちら

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