飲料:中国(1)茶の製法について

大石敏之

はじめに

中国における飲み物ということになると、やはりお茶が主要なものになるであろう。ひとくちに茶と言っても、歴史的にも変遷があるし、地域的にもさまざまなものがある。昨今日本でもウーロン茶(烏龍茶)がよく飲まれるようになって来たようであるが、これは元来福建省に産する半発酵の種類であって、必ずしも中国全体を代表するものではない。中心はあくまで緑茶である。以下本稿では茶にしぼって述べて行くことにして、他の飲み物については他日を期したい。

1.中国茶の分類

現在の中国においては、製茶法の違いによって茶を大きく六種類に分類している。(1)緑茶(2)黄茶(3)黒茶(4)白茶(5)青茶(6)紅茶がそれである。先程のウーロン茶は(5)青茶に属する。この他、とくに北方中国で好まれるジャスミン茶(茉莉花茶)などの花茶と呼ばれるものがある。これは緑茶・青茶・紅茶に花の香りをつけたものであって製茶法の違いではないので、とくに別種としては分類しない。このうち緑茶が歴史的に見ても最も古く、我が国の番茶・煎茶・抹茶もこの分類に入り、緑茶以外の5種は全て緑茶の製法から派生したものである。

(1)緑茶

緑茶の製法の特色は、茶摘み後ただちに短時間加熱して発酵を停止させることである。茶の葉は摘んだ後そのまま放置しておくと、それに含まれる酵素の作用で自然に発酵が進んでしまう。それを防ぐために、蒸したり、釜で妙(い)ったりする工程が必要になるのである。これを「殺青」(シャーチン)という。次に「揉捻」(じゅうねん)が行われる。我が国で「揉み」(もみ)といっているものであり、茶の成分を茶葉全体に行き渡らせ、湯を注いで飲むときに茶の成分を出やすくさせるためである。丹念に揉まれたものほど高級茶と言える。最後に乾燥させて、茶葉の外形をととのえてできあがりである。代表的なものとして、杭州産の龍井(ロンチン)や蘇州太湖産の碧螺春(へきらしゅん、ピロチュン)等をあげることができる。杭州は本学部の現地研修上海コースにおいて訪れる地なので、学生諸君の中にも現地で購入した人も多いのではないだろうか。この「龍井」と言う名はこの地の名泉に由来する。明代の正徳年間(1506~21)に、旱魃対策として井戸を掘っていたとき、井戸の底から1個の石が出て来て、その形が龍のようであったので、「龍井」と命名されたと伝えられる。またこの付近には虎?泉(こほうせん)もある。かつて一高僧が水がないのに苦しんでいたところ、2頭の虎が地をはって穴を掘ると泉がわき出て来たという伝説がある。このあたり一帯は水がよいことで知られる。龍井茶については、「四絶」という表現があって、色は緑、香りは馥郁(ふくいく)、味は醇厚(じゅんこう)、形は美しいと言われる。私事であるが、以前筆者も中国旅行のおり、龍井を買い求めたのであるが、家人の口にはどうも合わなかったらしく、必ずしも好評ではなかった。それは水の違いによるのかもしれない。筆者自身もはじめはやや慣れない部分もあったが、よく味わってみると、中国茶の中ではむしろ親しみやすいほうではないかと思う。割合淡泊な感じがしておいしい。杭州付近ではこの他紹興市(文豪魯迅の故郷としても有名)東南に平水珠茶がある。少し古い統計であるが、これら杭州・紹興が含まれる浙江省全体の茶の産出量は、1987年の時点で11万5,879tで第1位、第2位が湖南省の7万9,124t、第3位が四川省の5万4,384tである。

ここで飲み方について少し触れておくと、日本におけるように急須を使う方法ももちろんあるが、それよりも一般的なのは、蓋付きの湯呑み茶碗(蓋杯、蓋碗という)の中に直接茶葉を入れておいてその上から熱湯を注ぐ方法である。そのような飲み方では葉が口元にくっついて飲みにくいのではないかと思われる向きもあるかもしれないが、実際にはしばらくすると葉が下に沈んでうまく飲めるようになる。湯がなくなればまた継ぎ足せばよい。それゆえ中国の人々は自分用の湯飲みをもっていることが多い。バスの運転手などは、蓋付きの空き瓶に茶を入れて飲用に供している光景をよく見かける。

(2)横茶

製法の大綱は緑茶と変わらないが、途中に「悶黄」(もんこう)と呼ばれる軽度の発酵が加わり、「黄葉黄湯」に仕上げる。河南省洞庭湖の君山に産する君山銀針(くんざんぎんしん)が有名である。

(3)黒茶

緊茶・緊圧茶・磚茶(せんちゃ)・団茶・辺茶などと呼ばれる固形茶の原料となるもので、主として少数民族が用いている。緑茶と異なる点は、乾燥させる前に「渥堆」(あくたい)という工程が加わることである。これは直射日光を避けて、高さ1m位に積み上げ、湿った布で覆い保温保湿をするもので、後発酵とも呼ばれる。固形にするのは遠方への輸送に便利なためである。ちなみに、現在のような葉茶になる前には、漢民族の間においても固形茶が一般的であった。たとえば、唐代に書かれた書物には「餅茶」(へいちゃ)と呼ばれる茶がでてくるが、これは一種の固形茶である。飲むときには粉末にして利用したのであり、現在のリーフ・ティーとは様相が異なる。ただし、上記の緊圧茶等とは製法が違い、別物であって同一視はできない。

(4)白茶

緑茶・黄茶・黒茶とは異なり、殺青せず(つまり発酵を止めない)、「萎凋」(いちょう)と呼ばれる、新鮮な葉をしおらせる工程が中心となり、発酵を進行させるのである。また、揉捻も行わない。製茶された後の茶に白い毛(白毫)があるのでこう呼ばれる。福建省の特産で、福鼎県の白毫銀針(はくごうぎんしん)、建陽県の白牡丹(しろぼたん)が知られている。主として輸出向けで一般ではなかなか見かけない。

(5)青茶

既述のようにウーロン茶のことである。19世紀の半ば頃から製造が始まり、緑茶と紅茶の製法をミックスしたもので広東省や台湾でも産し、華僑によって東南アジアに広まったものであり、中国茶を代表するものではない。製茶の工程には殺青・萎凋・揉捻・乾燥の4つがあるが、萎凋の方法にも3通りあり、それらの組み合わせ方によって異なった製品ができあがる。福建省の産地は?北と?南に大別することができ(?とは福建の別名)、?北青茶の代表が武夷岩茶(ぶいがんちゃ)である。武夷では茶樹が岩石の間から生えているのでこの名がある。生産量は少ない。?南青茶の代表は安渓鉄観音である。安渓は福建省南部の県で、厦門市の北、泉州市の西にある。鉄観音という名称の起源にはいくつか言い伝えがあるようだが、正確なところは解らない。印象的な名であるためか、日本ではウーロン茶=鉄観音と考えられたりするが、もちろん鉄観音以外にも何種類か存在する。また、広東省の鳳凰山にもウーロン茶が産し、鳳凰水仙と呼ばれており、大衆的、経済的な茶として知られている。

日本におけるウーロン茶の消費量の拡大には、缶詰の技術の開発によるところが大きい。茶は金属に触れると変色変味する性質を持つので、缶詰にすることは困難と考えられていたが、金属缶に特殊加工を施すことによって缶入りにすることが可能になった。ただ、長期保存するためには長時間の沸騰を経なければならず、そのために脱落してしまう成分もある。そのうえ、添加された成分もあるので、必ずしも本来のウーロン茶の風味とは言えない点がある。とくに香りの保存は難しく、熱湯で入れたばかりの香気を楽しむことはできない。

これに対して工夫茶(功夫茶・コンフチャ)という飲み方がある。これこそウーロン茶の正統的な飲み方であって、真に風味を味わうためにはこれに拠らなければならない。前述の蓋付き湯飲みを使う方法とは異なり、やや小さめの急須(孟臣罐・もうしんかん・という雅名がある)を用いる。工夫(功夫)とは手間暇(をかける)とか技量・腕前とかいう意味であり(ちなみにカンフー映画などと言うときのカンフーもこれに由来する)、その名の通りに手間をかけて出された茶は、非常に濃厚で、やや苦く、香気が高い。中国の人々が飲んでいるのを見ると、とりわけ香りを味わっているように見受けられる。

(6)紅茶

言うまでもなくわれわれが日頃飲み親しんでいる紅茶と同じものを指す。紅茶と緑茶とでは茶葉が異なっていると思っている人もいるようであるが、そうではなくて単なる製法上の違いであり、どのような茶からも紅茶を作ることができる。緑茶を暑いインド洋を通って運んでいるうちに紅茶になってしまったという説があるが、根拠のない俗説である。中国紅茶の中で最も有名なのは安徽(あんき)省南部の祁門(キーモン)に産する祁門紅茶である。芳香にすぐれており、国際市場ではインドのダージリン紅茶に匹敵すると言われる。中国では紅茶はあまり飲まれず、主として輸出用である。我が国にはもっぱらインドやスリランカ製が輸入されていて、中国紅茶はあまり入って来ないようである。機会があればぜひ一度現地に行ってじかに味わって見ることを勧める。この他雲南省や広東省にも産するが省略する。余談になるが、紅茶の品種を指す語で pekoe という英語があるが、これはもとは「白毫」(パイハオ)という中国語に基づくものである。「白毫」とは高級紅茶の中にある白いチップのことで、茶の芽のことを言う。前述の「武夷」も“Bohea”として英語に入っている。当初は一般に茶のことを意味していた。

2.お茶の将来

日本語の「茶」は言うに及ばず、英語「tea」、フランス語「the」、ドイツ言吾「tee」、ロシア語「chaj」等ほとんどすべての言語における〈チャ〉は中国語起源であるように、中国は茶の故郷である。現在も大生産地、大消費地である。最近では消費生活の向上ともあいまって、消費者の好みも多様化して来ており、茶をとりまく環境にもいささか変化が生じて来ているようである。たとえば中国の新聞《経済日報》(1994年12月14日付け)には〈中国茶飲料向“可楽”宣戦〉(中国茶が「コーラ」に宣戦する)と題する記事が出ている。その中で、最近コーラやスプライトに代表される炭酸飲料等に押されて茶の消費量が伸び悩んでいる一方で、日本などでは缶入りウーロン茶等の新しい技術の開発により大幅に消費が拡大していることを伝え、中国においても研究の結果、広州のある企業が「ミネラルウォーターウーロン茶」なるものを開発してある程度成功を収めていると述べている。今後も茶が主流の地位から追われることはおそらくないであろうが、“洋飲料”(外国から入って来た飲み物)の挑戦を受け続けて行くことはまちがいなく、それらとの競争の中から新たな製品・商品が生まれて行くのであろう。

初出誌情報

大石敏之 1995「飲料:中国(1) 茶の製法について」 大東文化大学国際関係学部現代アジア研究所編『ASIA 21 基礎教材編』 第5号 大東文化大学国際関係学部現代アジア研究所広報出版部会 pp.107-111.

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ここに公開している文書は、現代アジア研究所編『ASIA 21』中の「アジア諸民族の生活・文化誌」に寄稿頂いたものを、その当時のまま転載させて頂いたものです。 詳しくはこちら

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