姓名論雑考:パーキスターン人

片岡弘次

パーキスターンに行き、1、2度会ううちによく聞かれるのが名前の意味である。「おまえの名前の意味は何だ」という。私は苦し紛れに、カタオカだからいつも「オカの半分だ」と答えてしまう。すると初めみんなけげんそうな顔をし、その後、笑いだしてしまう。これは向こうの人がみんな、自分は立派な名前をもっているという誇りからでてくることなのであろう。確かに、向こうの人の名前は長くてみな立派だ。そして、イスラーム教徒の人々であるだけに、必ずそれを示す語も入っている。

その名前は普通、三つの部分からなっている。最初にくるのがイスラーム教徒としての階級的なもの、種族的なものを示す称号である。まん中の部分に父親の個人名を後につけた本人の名前の部分がある。最後に家族を示す姓の部分がくる。

それ故、全部を名乗ると非常に長くなり、日常生活では個人名が使用される場合が多い。初めて会った人、特に年長者に対しては家族名で呼びかけるのが丁寧とされている。

1.名前の最初の部分の称号と家族の姓

ペシャワールのキッサ・カハーニー・バーザールの路地裏の代書屋

イスラーム教徒はサイヤド、シャイフ、ムガル、パターンの四つの階級的種族的な区別によって、最初の部分の称号が違う。イスラーム教徒の子孫は常に父親の種族、階級に所属する。名前の中でこの称号の部分はそれほど重要視されていないが、サイヤドの称号をもつ者はそれを誇りにはしている。

  1. サイヤド
  2. この称号をもつ者は、教祖やその婿アリーの血を引く者と考えられ、イスラーム教徒から特別な敬意が払われる。モウルヴィー、すなわち学者やピール、すなわち聖者の家系の者にこの称号をもつ者が多い。サイヤドの称号をもつ父親の息子は、これを名前の前につける。ミールの称号もサイヤドと同じである。

  3. シャイフ
  4. 第1カリフのアブー・バクル(在位632?634年)や第2カリフのオマル(在位634?644年)をはじめ、教祖の友人たちの子孫の家系の者がこの称号を使う。イスラーム教徒に後から改宗した家系の者である。シャイフの息子はこのシャイフの他に、アリー(在位656?661年)、ムハンマド(在位570?632年)、さらにアッラー(神)、アブド(神の召使)、グラーム(奴隷)、ディーン(宗教)、ハージ(卿)、パフシュ(施与者)などの称号を、名前の前につける。しかし、これらの称号はサイヤドにも使用されることがある。

  5. ムガル
  6. イランからインドへきた子孫でシーア派に属している。ときどきスンニー派であるトルコ人の子孫もこの一派とみなされている。彼らの子孫は、ミルザー(貴人の生まれ)の称号を名前の前においている。また、これと同じ称号のアーガー(主人)は名前の前に、ベーグ(卿)は後におかれる。

  7. パターン
  8. 10世紀の頃から次第にインドに移住してきたアフガーニスターン人の子孫で、スンニー派である。その男性はハーン(王子、卿)を名前の前におく。このハーンの称号は、サイヤド、シャイフ、ムガルなどの身分の者にも使われる。また、家族の姓にも使われている。

タキシラでシルカップの遺跡へいく途中にある茶店の前で空手を演じてみせてくれる青年

これらは男性に対してであるが、女性に対しても階層、種族を示す称号がある。サイヤド出身はサイーダを名前の前に、シャイフはビービーを、ムガルはハーナム、パターンはハートゥーンを名前の前におくことがある。

以上は名前の最初に部分を示す呼称であるが、本人の名前や姓ほど重要視されていない。

同じく生まれたときから定まっているのは家族名である。この名称も男子によって受け継がれていく。その家族名の由来には次のものがある。

  1. ザイディーやナクヴィーのように教祖一門やその後継者の名前が使われている。
  2. カーズィー(法官)のようにその祖先が携わっていた職業名が使われている。
  3. シャー(支配者)などのように昔の王侯から授けられたものが使われている。
  4. シーラーズィー(シーラーズ出身)のように出身地名に[イー]の音がつけられている。

2.個人名のつけ方

名前の中で一番重要なのは個人名であるが、生まれた子供に対し、3日から7日の間に次のどれかの方法でつけられる。

  1. 両親の父、祖父、曾祖またはその家族で尊敬されている者の名前からとる。
  2. 縁起のよい時刻を選んでモルヴィーが集まる。コーランを手当り次第に開け、開いたページの最初の行の一番初めにでてきた文字で始まる名前を考える。
  3. 子供が生まれたときの惑星の名の頭文字で始まる名前を考える。
  4. 各曜日に生まれる男女の名前の名称表があり、それにしたがって名前をつける。

いずれにしても名前をつける段になると、アッラーの神がもつ99の属性から選ばれたり、使徒の名前、予言者ムハンマドの子孫やその後継者の名前、あるいは予言者と行動をともにした教友などの中から選ばれることになる。それ故、いたるところにハッサンやフサインのような高貴な名前をもつ男性、アリーの配偶者ファーティマなどの名前をもつ女性がいる。

初出誌情報

片岡弘次 1991「姓名論雑考:7.パーキスターン人」 大東文化大学国際関係学部現代アジア研究所編『ASIA 21 基礎教材編』 第1号 大東文化大学国際関係学部現代アジア研究所広報出版部会 pp.88-90.

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ここに公開している文書は、現代アジア研究所編『ASIA 21』中の「アジア諸民族の生活・文化誌」に寄稿頂いたものを、その当時のまま転載させて頂いたものです。 詳しくはこちら

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