タブー、マナー、エチケット:結婚べからず集

内田知行

今回は、結婚をめぐる中国(中華人民共和国)の社会的ルール、マナーや考え方を考えてみたい。このなかから、こうしてはならない、ああしてはならない、という領域に重点を置いて紹介したい。こうした考えのなかにも中国社会の特質が反映している。隣国なのにこんなにも違うのか、と痛感させられることが少なくない。

婚前べからず

「婚前べからず」は2点である。第1点は、婚前検査証明書を拒否してはならない、である。結婚前に相互の健康診断書を交換することは日本でも常識になっている。中国では、役所で結婚証明書を発行してもらうさいに、必ず所定の病院に行き、そこで発行してもらった婚前検査証明書を提出しなければならない。これは、当人の身体や健康の状況、病歴などを記入した通常の健康診断書とはちょっと異なる。この証明書には、本人の健康状況・病歴だけでなく、父母兄弟姉妹や父母の兄弟姉妹の健康状況・病歴も記載されている。家族・親族に遺伝病や精神病・伝染病の病歴の者がいるかどうか、が重要なポイントになる。双子や三つ子がいるかどうか、も記載項目である。生殖器官の奇形やその他器官疾病も調査対象であるという。こうして政府は、当人たちに相手とその家族の健康状況を知らせる任務を負っている。もっとも、近親結婚以外は役所は干渉しない。最終的には、結婚は当人たちが決めることである。しかし、中国政府は一人っ子推進とともに子孫の「質」を高めて「中華を振興する」ことを政策的目的としている。政府が介在して、「個人のプライバシーよりも品種改良のために"血"を重んじる」思考を助長しているように感じられる。ちょっと馴染めないな、と思うのは私だけだろうか。

第2点は、婚前セックスをしてはならない、である。貞操の喪失を不道徳なものとしてタブー視した伝統的なモラルがこの根底にあるのはいうまでもない。婚前セックスは男女が感情にながされておこなうもので、有効な避妊手段がとれないからダメ、とか、適切な避妊の知識もないままにこっそり人にかくれてやるからダメ、とかいう意見も根強い。こうした道学者的思考が強固だから、中学校の性教育もまことに貧弱だ。教える教師も教わる生徒も恥ずかしいという気持ちでまだやっている。こうして婚前セックスには強い社会的抑制が働いている。しかし、最近は改革・開放政策の成果がこの分野にも現われている。たとえば、1994年2月北京の未婚青年938人(18~30歳、男463/女475)を対象にした匿名のアンケート調査の結果によれば、「有経験」者は男性では38%、女性では24%である。「有経験」者に聞いたところでは「初体験」年齢は男女差があまりない。男性では喝20.39歳、女性では21.59歳。もっとも、「人数」では男性が2.61人、女性が1.36人と、男性は女性の倍である。「有経験」と回答した者のうち、「相手は1人だけ」は男性では43.6%、女性では76.1%。「5人以上」と答えた者は男性の6.9%、女性ではゼロ。では婚前セックスにたいする彼らの考え方はどうか。57.7%の恋人(男性では52.3%、女性では31.9%)は、結婚を決意してはじめて婚前セックスが許される、と考えている。男性の28.5%、女性の21.3%は、結婚すると否とにかかわりなく愛し合っていれば許される、と考えている。全体の8.1%は、「いかなる事情があっても許されない」と考えている。日本人とくらべたら遅れているかもしれないが、婚前セックスを不道徳視する考えは過去のものになりつつある。

結婚べからず

まず法律に定められた「結婚べからず」から述べよう。中国では、婚姻関係を律する独立した法律として婚姻法が公布・施行されている。1950年5月に公布・施行された婚姻法(旧婚姻法とよぶ)では、以下の3つの場合を結婚禁止事由としていた。

その後、1980年9月全国人民代表大会にて採択された婚姻法(新婚姻法とよぶ)では、以下の2つの場合を結婚禁止事由とするよう改定された。

以上に示した法律面での結婚禁止のポイントは2点に要約することができる。第1点は、近親結婚の禁止である。2点は、伝染病や先天性遺伝疾患の患者の結婚禁止である。第1点で興味深いことは、旧婚姻法が建国以前の古い慣習の痕跡をとどめていたことである。すなわち、妻妾制度の現実をふまえて同父異母間の兄弟姉妹の婚姻についての禁止規定をもっていた。また、母方のいとこ(男女)との婚姻はタブー視されずにひろく発生していたために、明確な禁止規定をもたなかった(これは母系の“血”を軽んじていたからである)。新婚姻法は「3代以内の傍系血族」の結婚を禁止すると明文化して父方のいとこはもちろんのこと、母方のいとことの婚姻をも禁止した。なお、養父母と子(養子・養女)とのあいだには血縁関係はない。しかし、法律上において真の直系血族と同じ権利義務があるために、結婚は禁止されている。他方、養父母が産んだ子と養子・養女とのあいだには血縁関係がないので、結婚は可能であるという。1989年陳慕華が明らかにしたところでは、近親結婚は総結婚件数の1.5%にたっするという。

第2点は旧婚姻法では2か条からなっていたが、新婚姻法では「生理的欠陥」や「花柳病」や「精神異常」の記述が消滅して簡素化された。ライ病だけは依然として新婚姻法でも明記されている。疾病をめぐるこうした禁止事由を説明した著書によれば、法律が特定の疾病にかかった人の結婚を禁止しているということは、まったく当事者の利益と社会の利益とにかなっているのだという。たとえば、ライ病についていうと、これが悪性伝染病であるために、結婚すれば配偶者に伝染するおそれがあり、出産すれば子供に伝染するおそれがある。ゆえに結婚を禁止する、というのである。ライ病は治療剤の発達した今日では、不治の病ではなくなった。日本では病気の根絶以上に、この病気にたいする偏見の根絶のほうが大きな社会的課題となっている。中国の法律が患者にたいする偏見の根絶に配慮しないで、結婚の禁止のみを規定するのであれば、片手落ちであろう。婚姻法では「その他医学上結婚をすべきでないとされる疾病」も結婚禁止事由とされる。これに含まれる先天性疾患には、先天性聾唖・先天性緑内障・先天性白色症(白子)・先天性奇形・色盲などがある。かりにこうした先天性疾患の患者の結婚を認めても、出産は禁じられているという。重症の伝染病患者の場合も同様である。重症の結核患者、重症の肝炎、性病、精神病、痴呆症・白痴、くる病なども前掲の疾病に該当し、禁止事由になっているという。新婚姻法では、旧婚姻法にあった「生理的欠陥」を理由とする結婚の禁止はない。性生活が夫婦生活のすべてというわけではない。あくまでも当人同士の愛情が第1であるとして、禁止事由から排除されたという。

以上のように、中国では社会の利益や民族の生理的資質向上という観点から、結婚という民事的事象に国家が強制的に介入している。現代日本でも、前記の伝染病や遺伝的疾患を病む人びとの結婚は、現実にはむずかしい。しかし、そうした障害者の結婚を禁止する条項は日本の法律にはない。もちろん、禁止を是認した判例もないという。先天性疾患をもつ者が結婚して妊娠した場合でも、出産することができる。わが国の優性保護法は、母胎の健康維持が困難な場合や経済的困難を抱えている場合には、「中絶の自由」を保障している。胎児の先天的疾患を理由とする「中絶の強制」は認められていない。病気や先天性障害を理由とする結婚禁止条項は人権に反する、と私たちは考えている。

べからず結婚

次に「べからず結婚」(違法な結婚)の現実について述べよう。第1は「事実婚」である。目本では結婚は届出制であり、内縁関係のままでも法律違反にはならない。中国では登録にもとつく認・∫制である。そこで、登録しないで同居する「事実婚」は法律違反となる。第2は法定結婚年齢にみたない者の結婚(早婚)である。結婚年齢は男満22歳以上、女満20歳以上(新婚姻法)と規定されている。第3は本人同士の意思にもとつかない結婚である。法律では、「請負・売買による婚姻およびその他婚姻の自由に干渉する行為を禁止」し、「男女双方の完全な自発的意思によらなければならない」(新婚姻法)としている。しかし、以上のような「べからず結婚」はいまもって少なくない。

「事実婚」は広範な現象になっているという。華中のある大都市では1981~86年に277万人の女性が結婚した。うち41万人、すなわち結婚件数の15%が「事実婚」であった。山西省では、81年に8%強、82年に15%、84年に21%と増えつづけた。86年には一部の地区で50%を超える広がりをみせた。「事実婚」の大半が早婚であるという。登録したけれども違法であるとして認可されなかった結婚のなかにも早婚が多い。国家統計局の調査によると、法定結婚年齢にみたない者の同年齢人口(女性15~19歳、男性15~21歳)中の既婚率は82年には3.23%であったが、87年には4.86%に増えた。86年の全国早婚人口は610万人にたっしたという。82~88年に全国で357.9万人が結婚を申請して認可されなかった。その大半が法定結婚年齢にみたないたあにニセの年齢証明を出した人びとであった。早婚は農村に圧倒的に多い。82年に行なわれた全国1,000分の1のサンプリング調査によれば、15~19歳の女性6万2,057人のうち初婚・再婚者は2810人、うち農村婦人が2,762人(98%)を占めた。経済的貧困と文化的遅れとが早婚の原因である。だから、都市よりも農村、平原農村よりも山村に早婚が多い。

つぎに、本人同士の意思にもとつかない結婚の実態はどうか。山西省では、81~88年末のあいだに登録された結婚193万5,854件のうち違.法な結婚が6万2,991件(3.2%)摘発された。早婚2万2,577件や結婚年齢にたっした者の「事実婚」1万1,586件とならんで多かったのが売買婚(外地から花嫁を買ってくる形態)1万7,944件であった。次いで、親の意思による結婚5,906件、「換親」(2家族のあいだで相互に娘を息子の嫁にとる形態)1,770件となったという。当人たちの幼少時に親が勝手に結婚を取り決めてしまったという例も78件あった。山西省の嫁不足の農村では、人買いが四川省や貴眠州省などの農村女子をだまして売り飛ばす例も多い。買い手の農民は3,000~5,000元も払うという。こうして農村では売買婚や本人の意思にもとつかない強制結婚があとを断たない。農村の市場経済化、農村労働力の流動化のなかで、女性の権利を踏みにじる因習が広がっているのである。なお、合法違法をふくめて省外から流入した女子の結婚を「外進婚」という。山西省北部の鉄道沿線ぞいの比較的富裕な農村では、四川・雲南・貴州・広西などから流入した女子の「外進婚」が多い。なんらの身分証明ももたずに「事実婚」を始めてしまうのである。最近は、日本の農村でも札びらで相手のをたたいてアジア各地から女子をつれてくる「外進婚」が多いから、この問題は他人ごとではない。

[参考文献]

  1. 楊宗他主編『中国実用禁忌大全』、上海文化出版社、1991年。
  2. 任騁『中国民間禁忌』、作家出版社、1991年。
  3. 3葛逢彬主編『違法婚姻問題研究』、山西人民出版社、1991年。

初出誌情報

内田知行 1994「タブー、マナー、エチケット:結婚べからず集」 大東文化大学国際関係学部現代アジア研究所編『ASIA 21 基礎教材編』 第4号 大東文化大学国際関係学部現代アジア研究所広報出版部会 pp.94-97.

お読み下さい

ここに公開している文書は、現代アジア研究所編『ASIA 21』中の「アジア諸民族の生活・文化誌」に寄稿頂いたものを、その当時のまま転載させて頂いたものです。 詳しくはこちら

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