主食・肉食の変化:韓国

新納 豊

ソウルから戻って、半年が過ぎた。ソウルで暮らしていた時、私は自炊を心掛けた。とはいえ、それらしきものは夜だけで、朝はパンか前日の残り物、昼は外食か出前だった。自炊は、買い物での会話練習や体調の維持を心掛けたからといえばカッコいいが、食堂での個食が憂鬱なのと出不精のため。食堂での個食は、韓国でも近年ぼつぼつみかけるが、客の大半がワイワイやってるグループだから、あまりに対照的で、やはりちょっと異様に映る。自炊をすると、かの地の暮しの一端がよくみえる。市場での買い物もそうだが、夕方の水の出の悪さ、下水のつまり等々。社会資本の整備が、都市化のテンポに追いつけない。ソウルの主婦の日常生活上のわずらわしさは、まだしばらく続くだろう。

村での客膳

主食のことから始めよう。日本同様、めし(パブ)が食事を意味する。炊き方も同じで、団地族には日本製の炊飯器の人気が高い。米の消費は年々減ってはいるが、日本ほどダイナミックではない。朝食にパンを食べる家庭が都市部で増えているが、まだ多数派とはいえまい。米の国内自給率が100%を超えたのは1976年だから、それ以前との米の消費傾向の比較には無理がある。78年の1人当たり自米消費量は134.7kg、89年が124.6kgで、約10年で10kgの減少である。ただし、雑穀や芋類を含めた「主要食糧」でみると、70年の219.4kgから88年の173.8kgとなって、約20年で46kgの減少である。

外食の場面で気づく近年の変化は、豚肉消費の増大と家族での外食の普及である。十数年前までは、食堂で肉を焼くといえば、牛肉だった。10年ほど前から、注文すると「豚にしますか、牛にしますか」と聞かれるようになったが、今は豚が普通になった。そして、貧乏学生の口にも入るようになっている。以前はあまりみかけなかった子供連れの姿は、特に焼肉屋で目立って増えている。まだまだ贅沢だろうが、マイカー利用のファミリー・レストランも店舗を増やしている。手元の統計では、1人当たりの肉類消費量は1981年から87年で、牛肉が2.4kgから3.6kgへ、豚肉が5.4kgから8.8kgへ、これに鳥肉を加えた全体では10.2kgから15.7kgへと、6年間に50%の伸びを示す。ここ2、3年はさらに加速しているだろう。

家庭での肉消費も伸びている。面白いので毎朝みていたテレビの料理番組は、まさかそのまま作る人はいないだろうと思われるしろものだったが、メニューの多様化と肉消費の伸びを反映していた。肉はキロまたは斤(600g)単位で買う。私のように200gなどという奴は、失笑をかう。町の肉屋には、こっちとらも恨みがある。中流が住んでいる団地付近にはすべてがパックされたスーパーもあるらしいが、下町の町内にはそんなものはない。客を見ずにレジを打つのとは違い、店は人間を相手に商売している。別のいい方をすると、差別的なのだ。それに陳列ケースはあるが、電気節約で背後の冷蔵庫に入れてあって、こちらは選べない。私の前にいたお得意さんには「今日はいい肉がないから、明日にしなさい」といいながら、私にはちゃんと売りやがった。くやしい。

農家の炊事場

肉消費の増加は、程度の差はあれ農村でも実感される。農村では、食肉食堂という看板をかけた店が目を引く。これは冷蔵庫を導入した食堂が、ついでに肉屋を兼ねるものだ。これで肉の少量買いが可能になった。以前は、行事でもあって豚をつぶした家からまわってくるか、客がくるなどで5日ごとの定期市で入手した。いずれも保存はできなかった。現在でも、冷蔵庫のある農家は多くない。

肉とならんで魚の消費も伸びている。以前から、魚の1人当たり消費量は日本に次いで世界第2位といわれていたから、絶対量はもともと多いのだが、近年、特に刺身の人気が高い。この背後には、過食にともなう肥満問題もある。今年の7月2日付『中央日報』(韓国)の「韓国人は過食だ」という記事によれば、1989年に大人が1日に摂取した熱量は2,832カロリーで、日本の2,629カロリーを超えているという。当然、肥満が気になるだろう。同じく7月21日付『朝日新聞』には、これまで韓国から日本への一方通行だった活魚貿易が、近年、韓国で刺身などの消費が伸びたために、輸出入バランスが逆転する現象が起きている、という記事がでている。かつては日本人の接待以外にあまり近寄らなかった「日本式食堂」も、全国で87年の2,182軒から現在の4,388軒へと、4年間に2倍以上増えている。肥満が気になりだした左党が、こちらに向かったと思われる。

初出誌情報

新納 豊 1991「主食・肉食の変化:2.韓国」 大東文化大学国際関係学部現代アジア研究所編『ASIA 21 基礎教材編』 第1号 大東文化大学国際関係学部現代アジア研究所広報出版部会 pp.100-101.

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ここに公開している文書は、現代アジア研究所編『ASIA 21』中の「アジア諸民族の生活・文化誌」に寄稿頂いたものを、その当時のまま転載させて頂いたものです。 詳しくはこちら

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